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【事例解説】企業の組織図・人員配置情報は営業秘密になるか? - 「有用性」と「秘密管理性」が争点となったケース

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, 組織情報, 人事情報, 秘密管理性, 有用性, 退職者, 転職者

導入

企業活動において、組織構造や人員配置に関する情報は極めて重要です。これらの情報は、社内の効率的な業務遂行や経営戦略の実行に不可欠であると同時に、競合他社にとっては非常に価値の高い情報となる可能性があります。しかし、これらの情報が法的に保護される「営業秘密」にあたるのかどうかは、情報の性質や管理状況によって判断が分かれる難しい問題です。

この記事では、企業の組織図や人員配置情報が営業秘密として保護されるかが争点となった架空の事例を取り上げ、関連する法的な論点、特に「有用性」と「秘密管理性」という営業秘密の要件に焦点を当てて解説します。本事例を通して、どのような情報が営業秘密となりうるのか、また企業はどのようにして機密情報を保護すべきかについて、理解を深めることを目的とします。

事案の経緯

中堅IT企業であるA社は、特定の分野で高い技術力と組織力を持ち、業界内で独自の地位を確立していました。A社は、事業拡大に伴い組織改編を頻繁に行い、その都度、詳細な組織図や各部署の人員構成、役職、担当業務、さらには個人の能力評価に関する情報などを社内文書として作成し、特定の部署や役員クラスの間で共有していました。これらの情報は、A社の組織戦略や人材育成戦略の中核をなすものでした。

ある日、A社の要職にあったB氏が、競合他社であるC社へ転職しました。B氏は転職に際し、A社で業務上アクセス権限を有していたこれらの組織図や人員配置に関する詳細な電子ファイルデータを、個人の外部ストレージデバイスにコピーして持ち出しました。

C社へ入社したB氏は、A社から持ち出した情報をC社内で使用・開示しました。C社は、A社の組織構造や人員構成、キーパーソンに関する情報を分析し、A社の組織体制を模倣したり、A社の主要な人材を引き抜くための戦略立案に利用しました。

この事実を知ったA社は、B氏およびC社に対し、A社の組織図や人員配置情報が不正競争防止法上の「営業秘密」にあたり、その不正取得および使用行為が不正競争行為であるとして、情報の使用差止および損害賠償を求める訴訟を提起しました。

法的な争点

本事例における主要な法的な争点は以下の2点です。

  1. A社の組織図・人員配置情報が不正競争防止法上の「営業秘密」にあたるか
    • 特に、営業秘密の要件である「秘密管理性」「有用性」「非公知性」を満たすかが問われます。組織図や人員配置情報は、情報の詳細度や性質によって、広く知られている情報なのか、あるいは企業独自の秘密情報なのか判断が分かれるため、これらの要件の充足性が詳細に検討される必要があります。
  2. B氏による情報の持ち出し、およびB氏・C社による情報の使用・開示行為が不正競争行為にあたるか
    • 上記の情報が営業秘密であると認められた場合、B氏による持ち出し行為が「不正の利益を得る目的」または「事業者に損害を加える目的」をもって行われた「不正取得」にあたるか、また、C社による使用・開示行為が「不正使用」にあたるかが争点となります。

関連法規の解説

本事例に関連する主要な法規は、不正競争防止法です。

本事例では、B氏による持ち出し行為が「不正取得」(または「正当な権限に基づき保有する者の不正使用・開示」)、C社による使用・開示行為が「不正使用・開示」にあたるかが、営業秘密性の判断に続いて重要な論点となります。

裁判所の判断

(本事例は架空の事例として、一般的な裁判所の判断傾向に基づいた解説を行います。)

裁判所は、本事例におけるA社の組織図・人員配置情報について、まず営業秘密の3要件を満たすかを検討しました。

裁判所は、A社の組織図・人員配置情報が上記の3要件を満たすと判断した場合、これを営業秘密であると認定します。その上で、B氏による持ち出し行為が不正取得にあたるか、C社による使用・開示行為が不正使用にあたるかを判断します。B氏が自己の職務権限を越えて、または会社の許可なく私的な目的で情報を持ち出した場合、不正取得と評価される可能性があります。C社が、B氏から提供された情報がA社の営業秘密であることを知って利用した場合、不正使用にあたります。B氏だけでなく、C社もその責任を問われることになります。

最終的に裁判所は、これらの判断に基づき、A社の請求を認めるか、または棄却するかを決定します。営業秘密性が認められ、不正競争行為があったと判断された場合、裁判所はC社に対し情報の使用差止を命じ、B氏およびC社に対し損害賠償の支払いを命じることになります。損害賠償額の算定には、不正競争防止法上の特則(第5条)が適用される場合があります。

事例からの示唆・学び

本事例は、一見すると技術情報や顧客リストのような典型的な営業秘密とは異なる、組織に関する情報が営業秘密となりうることを示唆しています。このことから、以下の点が学べます。

法学部や経営学部の学生にとっては、この事例は不正競争防止法における「営業秘密」の定義、特に抽象的な情報に対する「有用性」や、日常的な業務で利用される情報に対する「秘密管理性」の判断がどのように行われるか、具体的なイメージを持つ参考となるでしょう。また、企業の内部情報管理がいかに重要か、そして組織論や人事戦略が法的なリスクとどのように結びつくかを理解する上で有益な示唆を与えます。

まとめ

本記事では、企業の組織図や人員配置情報が営業秘密となりうるかという問題について、具体的な事例を通じて解説しました。これらの情報は、適切な秘密管理措置が講じられ、事業活動における有用性や非公知性が認められる場合、営業秘密として法的な保護の対象となり得ます。

企業の競争力を維持し、法的リスクを回避するためには、技術情報だけでなく、組織構造や人材に関する情報といった幅広い情報資産についても、その重要性を認識し、厳格な秘密管理体制を構築・運用することが不可欠です。また、従業員の退職・転職時における情報管理や、転職者受け入れ時の情報チェックも、営業秘密侵害トラブルを防止する上で重要な対策となります。

本事例解説が、読者の皆様の営業秘密に関する理解を深め、企業における情報管理の重要性について考える一助となれば幸いです。