【事例解説】展示会での技術情報公開は営業秘密の開示にあたるか? - 秘密管理性・非公知性が争点となったケース
展示会での技術情報公開は営業秘密の開示にあたるか? - 秘密管理性・非公知性が争点となったケース
国内外の展示会は、企業が自社の最新技術や製品を披露し、新たなビジネスチャンスを獲得するための重要な場です。しかし、展示会での積極的な情報公開が、これまで営業秘密として保護してきた技術情報の「秘密管理性」や「非公知性」を失わせ、結果として不正競争防止法による保護を失うリスクにつながる可能性があることは、十分に認識しておく必要があります。
本記事では、展示会での技術情報公開が営業秘密の保護にどう影響するかを、具体的な裁判事例を想定して解説します。この事例を通じて、企業が展示会等で情報を公開する際に注意すべき法的な論点や、営業秘密を適切に保護するための対策について理解を深めていただけますと幸いです。
事案の経緯
ある技術開発企業X社は、長年の研究開発により、特定の製造プロセスに関する画期的な技術ノウハウを確立しました。このノウハウは、製造コストを大幅に削減しつつ、製品の品質を向上させるものであり、X社はこれを競争力の源泉として厳重に管理していました。
X社は、この技術を応用した新しい製品を市場に投入するにあたり、そのプロモーションのため国内外の主要な産業技術展示会に出展することを計画しました。展示ブースでは、製品のデモンストレーションを行うとともに、技術の概要や製造プロセスの「一部」について説明するパンフレットを来場者に配布しました。また、展示会場で行われたプレゼンテーションでは、この技術の優位性を説明するため、製造プロセスの一部を模式図を用いて紹介しました。
その後、X社の元従業員Aが競業他社Y社に転職し、Y社はAが持ち出した情報とX社が展示会で公開した情報を組み合わせて、X社の技術ノウハウと類似する製造プロセスを開発・使用しました。X社は、Y社の行為が不正競争防止法上の営業秘密侵害にあたるとして、差止請求および損害賠償請求訴訟を提起しました。
これに対しY社は、問題となっている製造プロセスに関する情報は、X社が展示会においてすでに公開しているか、あるいは公開された情報と一般的な知識を組み合わせることで容易に知り得たものであるため、不正競争防止法上の「営業秘密」(特に「非公知性」および「秘密管理性」)には該当しない、あるいは既にこれらの要件を喪失していると主張しました。
法的な争点
本事例における主要な法的な争点は、X社が展示会での製品デモンストレーション、パンフレット配布、プレゼンテーションを通じて公開した技術情報が、不正競争防止法にいう「営業秘密」の要件、特に「非公知性」と「秘密管理性」を失わせたか、という点です。
- 「営業秘密」の定義: 不正競争防止法第2条第6項において、「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」と定義されています。この定義を満たすためには、以下の3つの要件が必要です。
- 秘密管理性: 情報が秘密として管理されていることが明確であること。
- 有用性: 情報が客観的に有用であること。
- 非公知性: 情報が公然と知られていないこと。
- 展示行為と非公知性: 展示会での情報公開は、多くの不特定の関係者に情報が伝達される機会となります。パンフレット配布やプレゼンテーションの内容が、問題となっている技術ノウハウの核心部分をどの程度明らかにするものであったか、また、それがどの範囲の来場者に伝達されたかが、「非公知性」の判断において争点となります。公開された情報から、容易にノウハウ全体が推測できるかどうかが重要です。
- 展示行為と秘密管理性: 秘密管理性は、企業がその情報を秘密として扱っていることを従業員や外部の者に認識させ、情報へのアクセスを制限する措置を講じているかを問う要件です。展示会での情報公開は、意図的か否かにかかわらず、外部への情報漏洩のリスクを高めます。パンフレットに「無断複製・転載禁止」などの秘密保持に関する表示があったか、プレゼンテーションの内容がどこまで制限されていたかなど、公開方法における秘密管理への配慮が争点となり得ます。しかし、情報が「公然と知られた」と判断されるほど広範に公開された場合、いくら社内で秘密管理を徹底していても、「非公知性」を失うことになり、結果として営業秘密としての保護は受けられなくなります。したがって、展示会での公開が秘密管理性の維持を困難にしたり、非公知性を喪失させたりするかが問われます。
関連法規の解説
本事例に関連するのは、主に不正競争防止法です。特に、営業秘密の定義(第2条第6項)と、営業秘密侵害行為の類型(第2条第1項第4号から第10号)が重要です。
- 不正競争防止法第2条第6項(営業秘密の定義): 前述の通り、営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)を定めています。展示会での公開行為が、これらのうち特に非公知性や秘密管理性に影響を及ぼすかどうかが判断のポイントとなります。
- 不正競争防止法第2条第1項各号(営業秘密侵害行為): 退職者による持ち出し(第4号)、それを知って取得する行為(第5号)、不正に取得された営業秘密を使用または開示する行為(第7号、第8号)などが不正競争行為として定められています。本事例では、元従業員Aによる情報持ち出しとY社によるその情報の使用が、これらの条項に該当するかが問われますが、前提として問題の情報が「営業秘密」に該当することが必要です。
裁判所の判断
想定される裁判所の判断としては、まずX社が主張する製造プロセスに関する情報が、展示会での公開行為がなされる前に営業秘密の要件を満たしていたかどうかが検討されます。その上で、展示会での具体的な公開行為(デモンストレーションの内容、パンフレットの記載、プレゼンテーションの内容、配布・公開範囲など)が、当該情報の「非公知性」または「秘密管理性」を喪失させたか否かが判断されます。
裁判所は、公開された情報の内容が、問題の技術ノウハウの核心部分や全体像を容易に理解できる程度のものであったか、配布されたパンフレットに秘密である旨の明確な表示が付されていたか、プレゼンテーションが一般公開されたものか特定の関係者向けであったか、といった具体的な事実関係を詳細に吟味することになります。
例えば、パンフレットに記載された内容やプレゼンテーションの模式図が、表面的な情報にとどまり、製造プロセスの詳細やパラメータ、特定の工程における独自の工夫など、ノウハウの最も重要な部分を隠匿・抽象化して説明していた場合、裁判所は「非公知性」は失われていないと判断する可能性があります。一方、公開された情報から、同業者が比較的容易にそのノウハウを再現できてしまうような具体性があった場合、または、パンフレットが秘密保持に関する表示もなく不特定多数に広く配布され、プレゼンテーションも制限なく一般に公開されたような場合には、「非公知性」が失われた、あるいは「秘密管理性」が不十分であると判断される可能性が高まります。
本事例では、X社が技術ノウハウの「一部」を公開したと主張していますが、その「一部」がノウハウ全体の中でどの程度の重要性を占めるか、また、公開された情報から残りの部分を推測することがどれだけ困難であるかが、裁判所の判断を左右する重要な要素となります。もし裁判所が、展示会での公開によって問題の情報が非公知性を失った、または秘密管理性が不十分になったと判断すれば、その情報はもはや不正競争防止法上の「営業秘密」とは認められず、X社の請求は棄却されることになります。
事例からの示唆・学び
この事例は、企業が展示会等で情報発信する際に直面しうる、営業秘密保護の課題を明確に示しています。展示会は販促の機会であると同時に、意図せず営業秘密を開示してしまうリスクもはらんでいます。
- 情報公開の範囲と具体性の検討: 展示会で公開する技術情報やノウハウの範囲は慎重に検討する必要があります。製品の機能や性能の説明にとどめるか、製造プロセスの一部に触れるかなど、どこまで具体的に説明するかで、営業秘密の非公知性に与える影響が大きく変わります。競争優位の源泉となっている核心的なノウハウは、可能な限り公開を避けるべきです。
- 秘密管理措置の徹底: 展示会で配布する資料やデモンストレーション、プレゼンテーションにおいて、情報の重要性に応じた秘密管理措置を講じることが重要です。例えば、パンフレットに「社外秘」「Confidential」といった表示を付したり、限定された来場者にのみ詳細な資料を配布したり、プレゼンテーションをクローズドなセッションとするなどの対策が考えられます。ただし、情報自体が公然と知られる状態になったと判断されると、秘密管理措置だけでは保護されなくなる点に注意が必要です。
- 「非公知性」喪失のリスク認識: 一度公然と知られてしまった情報は、原則として営業秘密としての保護対象外となります。展示会での公開は、想定以上に多くの関係者に情報が伝達される可能性があり、非公知性を失うリスクが高い行為であることを認識する必要があります。公開する情報の表現を工夫し、曖昧さを持たせる、または模倣を困難にするための情報を意図的に含めないなどの対策も有効です。
- 従業員教育: 展示会に参加する従業員に対し、どの情報が公開可能で、どの情報が営業秘密として厳重に管理すべき情報であるかを明確に周知し、教育を徹底することも不可欠です。
法学部・経営学部の学生の皆様にとっては、この事例は、法律が現実のビジネスシーン、特にマーケティングやプロモーション活動においてどのように適用され、どのような法的リスクが生じうるかを理解する良い機会となるでしょう。抽象的な営業秘密の定義が、具体的な企業の活動にどのように影響するかを知ることは、将来、企業法務や経営企画、あるいは技術開発に携わる上で、極めて実践的な学びとなります。また、技術と法律の交差点にある問題として、知的財産戦略を考える上での視点も提供します。
まとめ
展示会での技術情報公開は、企業のプロモーション活動として有効である反面、営業秘密の「非公知性」や「秘密管理性」を失わせるリスクを伴います。裁判所は、公開された情報の内容、具体性、公開の範囲、および企業が講じた秘密管理措置などを総合的に考慮して、営業秘密としての保護が維持されているかを判断します。
企業は、展示会等での情報公開に際して、公開する情報の範囲を慎重に定め、必要な秘密管理措置を講じることで、営業秘密の保護と情報公開によるビジネス機会の創出とのバランスを取ることが求められます。この事例は、営業秘密の保護が、単なる法務部門だけの問題ではなく、企業の事業戦略や現場の活動と密接に関連していることを示唆しています。