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【事例解説】フリーランス・副業人材との契約における営業秘密保護 - 秘密管理性と契約終了後の情報利用が争点となったケース

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, フリーランス, 副業, 秘密保持契約, 秘密管理性, 不正使用, 事例解説

導入

近年、企業の多様な働き方の推進や、外部の専門的な知見活用ニーズの高まりから、フリーランスや副業人材との業務委託契約が増加しています。このような外部人材との連携は多くのメリットをもたらす一方で、企業の重要な情報、特に営業秘密の保護という新たな課題を生じさせています。従業員とは異なる契約関係にある外部人材への情報開示は、秘密管理性の維持を難しくする可能性があり、また契約終了後の情報の取り扱いについても明確なルール設定が不可欠です。

この記事では、フリーランスまたは副業人材との契約関係において発生した営業秘密侵害の可能性が争点となった架空の事例を取り上げ、事案の経緯、関連する法的な争点、そして裁判所の判断(想定される判断)を解説します。この事例を通して、企業がフリーランスや副業人材と協業する際に、営業秘密をどのように保護すべきか、またどのような点に注意すべきかについての示唆を得ていただければ幸いです。

事案の経緯

ある中小企業X社は、新規事業立ち上げのために、特定の専門知識を持つフリーランスのY氏に業務の一部を委託しました。X社はY氏と業務委託契約および秘密保持契約(NDA)を締結し、事業計画、顧客候補リスト、開発中の技術に関する詳細情報など、いくつかの機密情報を共有しました。NDAには、開示情報を業務目的以外に利用しないこと、契約終了後にはすべての開示情報をX社に返還または破棄することなどが規定されていました。

Y氏は委託された業務を誠実に遂行し、契約期間満了とともに業務は終了しました。しかし数ヶ月後、X社は、Y氏が以前X社から開示された顧客候補リストの一部を利用して、別の企業(X社の競合となり得る企業)に同様のサービスを提案しているらしいとの情報を得ました。X社はY氏に対し、NDA違反および不正競争防止法上の営業秘密侵害にあたるとして情報利用の停止と損害賠償を求めましたが、Y氏は、利用した情報は一般的に入手可能なものが多く、X社から開示された情報もすでに陳腐化しており営業秘密にはあたらない、またNDAの規定も過度に広範で無効であるなどと主張し、協議は決裂しました。X社は、やむなくY氏に対して訴訟を提起しました。

法的な争点

本事例における主な法的な争点は以下の通りです。

  1. X社が開示した情報が「営業秘密」に該当するか: 不正競争防止法において営業秘密として保護されるためには、「秘密管理性」「有用性」「非公知性」という3つの要件を満たす必要があります(不正競争防止法第2条第6項)。

    • 秘密管理性: X社がフリーランスであるY氏に対して情報を開示するにあたり、情報を秘密として管理する意思が明確に示され、かつ、その情報にアクセスできる者が制限されているなど、秘密管理措置が講じられていたかが問題となります。Y氏との間に秘密保持契約を締結していたこと、情報に「マル秘」等の表示をしていたこと、アクセス権限を限定していたことなどが秘密管理性の有無を判断する上で重要な要素となります。
    • 有用性: X社が開示した情報(事業計画、顧客候補リスト、開発中の技術詳細など)が、事業活動に有用な技術上または営業上の情報であったか。成功した情報だけでなく、研究開発の失敗データなども有用性が認められる場合があります。本件では、新規事業に関する情報や顧客候補リストが事業活動にとって客観的に価値があるかが問われます。
    • 非公知性: X社が開示した情報が、一般に公開されていない情報であったか。Y氏が主張するように、情報がすでに陳腐化していたり、容易に入手可能なものであったりすれば、非公知性は否定されます。
  2. Y氏の情報利用行為が「営業秘密の不正使用」にあたるか: Y氏がX社から取得した情報を、X社の許諾なく、X社の事業活動と競合する可能性がある別の事業のために利用した行為が、不正競争防止法第2条第1項第7号に規定される営業秘密の「不正使用」にあたるかが争点となります。取得した情報が営業秘密に該当することを前提として、契約の目的外での利用行為が不正使用として評価されるかが判断されます。

  3. 秘密保持契約(NDA)の効力と不正競争防止法との関係: Y氏とX社が締結したNDAの有効性、特にその保護範囲や期間が問題となる可能性があります。また、NDA違反が直ちに不正競争防止法上の営業秘密侵害にあたるわけではありませんが、NDAの存在は情報に対するX社の秘密管理の意思を示す重要な証拠となり得ます。

関連法規の解説

裁判所の判断(想定)

本件においては、以下のような判断がなされる可能性が考えられます。

  1. 営業秘密該当性について:

    • 秘密管理性: X社がY氏とNDAを締結し、情報への「マル秘」表示やアクセス権限の管理など、外部人材への開示という状況下でも合理的な秘密管理措置を講じていたと判断されれば、秘密管理性は認められる可能性が高いです。ただし、情報の重要度に応じた管理レベルが問われるため、NDA締結だけでは不十分と判断される場合もあり得ます。
    • 有用性: 事業計画、顧客候補リスト、開発初期の技術情報は、新規事業の成否に直結する情報であり、X社の事業活動にとって客観的に有用であると判断される可能性が高いでしょう。
    • 非公知性: Y氏が主張するように情報が一般的に入手可能なものか、または容易に知り得る状態にあったかが精査されます。X社が開示した情報が、複数の情報を組み合わせたことで初めて価値を持つような情報(編集物としての顧客リストなど)であれば、個々の情報が公知であっても全体として非公知性が認められることがあります。情報が陳腐化していたかどうかも、情報開示時点の状況に基づいて判断されるでしょう。

    これらの要件を総合的に判断し、裁判所がX社の情報が営業秘密に該当すると認めれば、次の不正使用の判断に進みます。

  2. 不正使用について: 裁判所は、Y氏がX社から開示された情報を、委託された業務の範囲を超えて、かつX社の事業と競合する可能性のある別の事業のために利用した事実を認定すれば、これは営業秘密の「不正使用」にあたると判断する可能性が高いです。特に、Y氏が秘密保持義務を負っていることを認識しながら行った行為であれば、不正の目的も認められやすいと考えられます。

  3. 結論として: 裁判所がX社の情報が営業秘密であると認め、かつY氏の行為がその不正使用にあたると判断すれば、X社の請求(情報利用の差止、損害賠償)は一部または全部が認められることになります。損害賠償額の算定にあたっては、不正競争防止法特有の規定(例えば、侵害者が侵害行為により得た利益額を損害額と推定する規定など)が適用される可能性があります。

事例からの示唆・学び

本事例は、フリーランスや副業人材を積極的に活用する企業や、そのような形で企業と関わる個人にとって、営業秘密保護の重要性とその難しさを示唆しています。

法学部や経営学部の学生の皆さんにとっては、この事例は、契約法と知的財産法(特に不正競争防止法)が実務上どのように連携し、具体的な紛争解決に用いられるかを理解する良い機会となります。また、将来、企業で働くにせよ、自ら事業を起こすにせよ、フリーランスとして活動するにせよ、秘密情報管理の重要性を認識し、法的リスクを避けるための知識と対策が不可欠であることを学ぶことができます。

まとめ

フリーランスや副業人材との協業は現代ビジネスにおいて不可欠な要素となりつつありますが、それに伴う営業秘密保護のリスク管理は企業の重要な経営課題です。本事例で想定したようなトラブルを避けるためには、契約段階での明確な合意形成、適切な秘密管理措置の実施、そして契約終了後の厳格な情報管理が鍵となります。不正競争防止法による保護は、企業自身の秘密管理努力があって初めて実現されるものです。企業と外部人材の双方が、営業秘密の価値と保護の重要性を十分に理解し、誠実な情報管理を行うことが、安全で円滑な協業関係を築く上で最も重要であると言えるでしょう。