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【事例解説】インターンシップ中の情報持ち出しは営業秘密侵害か? - 短期雇用関係と秘密管理性の論点

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, インターンシップ, 秘密管理性, 不正取得, 情報漏洩対策

導入

近年、多くの企業が人材育成や採用活動の一環としてインターンシップ制度を導入しています。学生にとっても貴重な就業体験の機会となりますが、このインターンシップ中に企業の内部情報にアクセスした学生が、その情報を持ち出すといったトラブルが発生することがあります。

このような行為は、企業の営業秘密を侵害する可能性があり、法的な問題に発展することが考えられます。正規の従業員とは異なる短期的な雇用関係にあるインターンシップ生による情報持ち出しは、営業秘密の保護に関してどのような論点を持つのでしょうか。

この記事では、インターンシップ中の情報持ち出しに関する仮想事例を基に、営業秘密の定義、関連する法的な争点、そして企業と学生がそれぞれ留意すべき点について解説いたします。

事案の経緯(仮想事例)

大手IT企業A社では、毎年夏期に複数の大学生をインターンシップ生として受け入れています。インターンシップ生には、実際の業務に近いプロジェクトに参加してもらい、社内の情報システムへの限定的なアクセス権限も付与されます。

ある年のインターンシップに参加したBさんは、担当プロジェクトに関連する顧客リストや、開発中の新サービスの企画資料にアクセスできる権限を与えられました。Bさんは、個人的な関心からこれらの情報を自身のUSBメモリにコピーし、持ち出しました。Bさんは、これらの情報を第三者に開示したり、自身の個人的な活動に利用したりする意図はなかったと主張しています。

しかし、A社は社内システムログの監査や、別の従業員からの報告により、Bさんが大量の内部情報を許可なくコピーした事実を把握しました。A社は、この情報が自社の営業秘密に該当し、Bさんの行為が営業秘密の不正取得にあたると考え、Bさんやその所属大学に対して対応を検討することになりました。

法的な争点

この事例における法的な争点は、主に以下の点になります。

  1. 持ち出された情報が「営業秘密」に該当するか: 不正競争防止法において営業秘密として保護されるためには、「秘密管理性」「有用性」「非公知性」という3つの要件を満たす必要があります(不正競争防止法2条6項)。

    • 秘密管理性: 情報が秘密として管理されていると認識できるよう、アクセス制限、秘密である旨の表示、誓約書の取得などの措置が講じられているか。インターンシップ生に対しても、正規従業員と同等またはそれに準ずる秘密管理措置が適切に講じられていたかが問われます。例えば、システム上のアクセス権限設定が適切か、インターンシップ開始時に秘密保持に関する研修や説明が行われたか、秘密保持の誓約書を取り交わしているか、などが論点となります。短期的な雇用関係や学生という立場を考慮しても、企業として合理的な秘密管理努力をしていたかが重要です。
    • 有用性: 生産方法、販売方法その他事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であるか。顧客リストや新サービス企画資料は、通常、有用性を満たすと考えられます。
    • 非公知性: 公然と知られていない情報であるか。社内でのみ共有されている情報は、通常、非公知性を満たすと考えられます。
  2. インターンシップ生Bさんの行為が「不正取得」や「不正使用」に該当するか: 不正競争防止法2条1項4号は、窃盗、詐欺、脅迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為を「営業秘密の不正取得」として禁じています。また、同項7号は、営業秘密を不正の目的で使用または開示する行為を禁じています。

    • Bさんの行為(許可なくUSBメモリにコピーし持ち出す行為)が「不正の手段による取得」にあたるか。アクセス権限があったとしても、許可なく私的に複製・持ち出す行為が「不正」と評価されるかどうかが争点となります。
    • Bさんは情報を「個人的な関心」で持ち出したと主張していますが、これが「不正の目的」にあたるか。不正競争防止法上の「不正の目的」は、一般的に、自己または第三者の事業上の利益を図る目的、あるいは事業上の損害を加える目的など、情報利用の態様が不公正である目的を指します。単なる個人的興味や好奇心での持ち出しであっても、それが結果として企業の事業に損害を与えうる行為であれば、「不正の目的」と評価される可能性もあります。

関連法規の解説

本事例に主に関わる法律は、不正競争防止法です。特に以下の条文が重要となります。

これらの条文に基づき、裁判所は個別の事案における営業秘密の要件充足性や、行為の「不正性」を判断します。特にインターンシップという特殊な関係性において、企業がどこまで「秘密管理性」を徹底していたか、またインターンシップ生の行為がどこまで「不正」と評価できるかが、裁判所の判断を左右する可能性が高いと言えます。

裁判所の判断(一般的な傾向)

インターンシップ生による営業秘密侵害に関する直接の最高裁判例は多くありませんが、従業員や退職者、あるいは契約関係にある第三者による営業秘密侵害に関する裁判所の判断の枠組みが適用されると考えられます。

裁判所は、「秘密管理性」の有無を判断する際に、企業が講じた具体的な措置(アクセス権限設定、パスワード管理、秘密表示、誓約書の取得、教育・周知徹底など)を詳細に検討します。インターンシップ生に対しても、正規従業員と同様にこれらの措置が講じられているか、あるいはそのインターンシップの期間や業務内容に応じた合理的な措置が取られているかが評価されます。例えば、システムへのアクセス権限が不必要に広範であったり、秘密保持に関する十分な説明や誓約書の取得を怠っていたりした場合、秘密管理性が否定される可能性があります。

「不正の目的」については、情報の利用目的や、それが企業の事業活動に与えうる影響などを考慮して判断されます。単なるコピー行為であっても、その後の利用方法によっては不正目的が認められる可能性があります。しかし、今回の仮想事例のように「個人的な関心」にとどまる場合、直ちに不正目的と認定されるかは微妙な判断となることも考えられます。ただし、情報持ち出し自体が会社のルールに違反する行為であり、秘密管理性を破る行為であるため、不正取得に該当すると判断される可能性は十分にあります。

事例からの示唆・学び

この事例から、企業と学生双方にとって重要な示唆が得られます。

企業側の学び:

学生側の学び:

まとめ

インターンシップ生による企業情報の持ち出しは、企業の営業秘密を侵害する可能性がある重要な問題です。インターンシップという短期・非正規の雇用形態であっても、企業が適切に秘密管理措置を講じている場合、持ち出された情報が営業秘密として保護される可能性は十分にあります。また、許可なく情報を複製・持ち出す行為は、その後の利用目的のいかんにかかわらず、不正取得行為と評価される可能性があります。

企業は、インターンシップ制度を導入する際に、秘密管理体制を十分に整備し、学生に対して秘密保持の重要性を明確に伝える必要があります。学生側も、企業の情報を扱う際には法的なリスクが存在することを理解し、企業のルールを遵守することが求められます。この事例は、企業と学生双方にとって、営業秘密保護の重要性と、情報管理に関する意識向上の必要性を示すものと言えるでしょう。