最新!営業秘密トラブル事例集

【事例解説】求職活動を装った情報収集は営業秘密侵害か? - 不正取得の手段性が争点となったケース

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, 不正取得, 採用活動, 情報漏洩, 裁判事例, 秘密管理性

導入

企業が採用活動を行う際、応募者に対して会社概要や事業内容、働く環境などの情報を提供することは一般的なことです。しかし、もしその応募者が、純粋な入社意欲ではなく、競合他社の指示や自己の利益のために、企業の未公開情報、特に営業秘密を不正に取得する目的で求職活動を行っていたとしたら、その行為は法的にどのように評価されるのでしょうか。

本記事では、求職活動という正規の手続きを装って企業の内部情報を収集する行為が、不正競争防止法における営業秘密の「不正取得」に該当するか否かが争点となった事例を通して、関連する法的な考え方や、企業が注意すべき点について解説します。この事例は、営業秘密の「不正取得」の手段性を理解する上で重要な示唆を与えてくれます。

事案の経緯

ある技術開発を主業務とするA社は、事業拡大に伴い、経験者の中途採用を進めていました。競合であるB社の従業員Xは、A社の求人募集に応募しました。Xは、A社の採用選考プロセス(書類選考、面接、会社説明会、工場見学など)に参加する中で、A社の開発中の新製品に関する技術情報、独自の製造プロセス、特定の顧客リストなどを含む機密情報にアクセスしようとしました。

A社は、Xの経歴や面接での受け答えに不審な点を感じ、またXが会社説明会や工場見学の際に許可なく資料を撮影したり、質問の内容が通常の中途採用応募者のレベルを超えて技術的な詳細に踏み込むものであったりしたことから、情報収集を目的とした不正な求職活動である可能性を疑いました。

A社は、Xによる情報収集行為は不正競争防止法上の営業秘密の不正取得にあたるとして、Xに対して情報の不正利用の差止めや損害賠償を求める訴訟を提起しました。

法的な争点

この事例における主な法的な争点は以下の通りです。

  1. 取得しようとした情報が「営業秘密」に該当するか:A社が取得された(または取得されそうになった)と主張する情報(開発中の技術情報、製造プロセス、顧客リストなど)が、不正競争防止法第2条第6項に定義される営業秘密の要件(秘密管理性、有用性、非公知性)を満たすか否かです。
  2. 求職活動を装った行為が「不正取得」に該当するか:Xの行為が、不正競争防止法第2条第1項第5号に規定される「不正の手段により営業秘密を取得する行為」にあたるか否かです。特に、求職活動という正規の手続きを利用している点が「不正の手段」にあたるかどうかが問われました。
  3. 「不正の目的」の有無:Xが「不正の利益を得る目的」または「その営業秘密の管理者の事業に損害を加える目的」をもって行為に及んだか否かです。

関連法規の解説

本事例で問題となる主な法規は、不正競争防止法です。

裁判所の判断

この種の事例において、裁判所はXの行為が「不正の手段」による取得にあたるか否かを慎重に判断します。求職活動そのものは合法的な行為ですが、裁判所は、応募者が真に求職の意思を持っていたか、それとも専ら情報取得を目的としていたか、また、情報取得のために通常の求職活動の範囲を超える不適切な行為(許可されていない撮影、強引な質問など)を行ったか、といった点を総合的に考慮します。

裁判所は、Xが真の求職意欲を持たず、競合他社のため、あるいは自己の利益のためにA社の営業秘密を取得する目的で求職活動を行ったと認定した場合、その行為は「詐欺その他の不正の手段」による取得にあたると判断する傾向にあります。特に、応募者がその身分や目的を偽り、企業に接近して本来得られないはずの情報を取得しようとする行為は、「不正の手段」性が認められやすいと言えます。

実際にA社の情報が「営業秘密」の定義を満たすかについては、情報の具体的な内容(例えば顧客リストであれば、単なる名簿か、個別の取引条件や担当者情報、受注履歴などを含むかなど)や、A社による秘密管理の状況(アクセス制限、秘密保持契約、注意喚起など)が詳細に審査されます。

この事例では、裁判所は、Xが真の求職意欲を欠き、専ら情報取得目的で応募したこと、そしてその情報取得のために一般的な求職活動の範囲を超える不適切な行為を行ったことを認め、Xの行為が不正競争防止法上の営業秘密の「不正取得」に該当すると判断しました。また、取得しようとした情報の一部が「営業秘密」の要件を満たすと認定しました。これにより、A社の差止請求や損害賠償請求が認められることとなりました。

事例からの示唆・学び

この事例は、求職活動という日常的な場面にも営業秘密侵害のリスクが潜んでいることを示しています。

まとめ

求職活動を装って企業の営業秘密を取得する行為は、一見正規の活動に見えても、その目的や手段が不正であれば、不正競争防止法上の「不正取得」に該当し、営業秘密侵害となり得ます。裁判所は、行為者の真の意図や具体的な情報取得手段などを総合的に判断し、「不正の手段」に当たるか否かを評価します。

この事例から、企業は採用活動における情報管理の重要性を再認識し、適切な対策を講じる必要があります。また、求職者は、企業の機密情報の取り扱いについて十分な理解を持ち、誠実な態度で求職活動を行うことの重要性を改めて認識することが求められます。営業秘密の保護は、企業の競争力を維持するために不可欠であり、関係者一人ひとりの意識と行動がその鍵となります。