【事例解説】共同事業体(JV)内部の情報管理と営業秘密侵害 - 秘密管理性、目的外利用が争点となったケース
はじめに
企業が新たな事業機会の追求や技術開発を進める際、複数の企業が資源やノウハウを持ち寄り、共同事業体(ジョイントベンチャー、以下JV)を設立することがあります。JV内部では、参加企業間で様々な情報が共有され、共同で新たな知見や技術が創出されます。しかし、この活発な情報共有環境は、同時に営業秘密に関するトラブルのリスクもはらんでいます。JVの運営中や特にその解消後において、共有された情報やJVを通じて得られた情報の取り扱いを巡り、不正競争防止法上の営業秘密侵害が問題となることがあります。
本稿では、共同事業体(JV)内部で共有された情報が営業秘密として保護されるか、そしてJV終了後のその情報の利用が不正競争防止法上の「不正使用」にあたるかといった点が争点となった裁判事例を取り上げ、その詳細と法的な論点、そして事例から得られる示唆について解説します。JVにおける情報管理の特殊性とその重要性について、読者の理解を深める一助となれば幸いです。
事案の経緯
本事例は、複数の企業が特定の事業目的のために共同事業体を設立したケースに関するものです。JVの設立にあたり、各参加企業は自社の有する技術情報やノウハウ、顧客情報などの一部を持ち寄り、またはJVの運営を通じて新たな情報や知見を共同で蓄積しました。JVの運営期間中、これらの情報はJV内部の関係者間で共有され、事業推進のために活用されていました。
その後、当該JVは当初の目的を達成するか、あるいは何らかの理由で解消されることとなりました。問題が発生したのは、JVの解消後です。JVに参加していた一方の企業(X社)が、JVの運営を通じて共有された、あるいは共同で開発・蓄積された情報(以下、本件情報)を、JVの目的とは異なる自社の事業のために利用を開始しました。
これに対し、JVのもう一方の企業(Y社)は、本件情報が営業秘密にあたるにもかかわらず、X社がこれを不正に利用しているとして、不正競争防止法に基づき、本件情報の利用差止めや損害賠償を求めて提訴しました。
法的な争点
本事例における主要な法的な争点は、以下の2点に集約されます。
- 本件情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するか
- 不正競争防止法において「営業秘密」として保護されるためには、「秘密として管理されていること(秘密管理性)」「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)」「公然と知られていないこと(非公知性)」という3つの要件を満たす必要があります(不正競争防止法2条6項)。
- JVという閉鎖的な共同体内部で共有されていた情報について、「秘密管理性」の要件がどのように評価されるかが争点の一つとなります。JVの構成員に対する情報の開示が、秘密管理性を損なわないか、JV内の情報管理体制は十分であったかなどが問われます。また、「有用性」や「非公知性」についても、個別の情報ごとに詳細な検討が必要です。
- X社による本件情報の利用が「不正使用」に該当するか
- 仮に本件情報が営業秘密に該当する場合、X社による利用が不正競争防止法が禁止する「不正競争行為」(同法2条1項4号以下)にあたるかが次の争点となります。
- 特に、本件情報がJV内で正当に取得・共有された情報である場合に、JVの目的外での利用やJV解消後の利用が「不正使用」と評価されるかどうかが重要となります。JV契約における情報の取り扱いに関する条項(秘密保持義務、使用目的の制限、JV解消後の情報の返還・破棄義務など)の内容も、この判断に影響を与える可能性があります。
関連法規の解説
本事例に関連する主な法規は、不正競争防止法です。
- 不正競争防止法2条6項(営業秘密の定義) この条項は、「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう、と定義しています。前述の秘密管理性、有用性、非公知性の3要件は、この定義に基づいています。JV内で情報が秘密として管理されていたか(アクセス制限、秘密表示、周知徹底など)が秘密管理性の評価において重要になります。
- 不正競争防止法2条1項4号~10号(営業秘密に係る不正競争行為) これらの条項は、営業秘密の不正取得、不正開示、不正使用などの行為を不正競争行為として定義し、これを禁止しています。本事例で問題となるのは、主に「不正使用」(同法2条1項7号、8号など)にあたるか否かです。正当な権限に基づき取得した営業秘密を、不正の競争の目的で使用する行為などがこれにあたります。JV内で正当に共有された情報であっても、JV契約等で定められた目的や期間を超えて利用する場合に、これが不正使用と評価される可能性があります。
また、JV設立時に締結される共同事業契約や秘密保持契約(NDA)の内容も重要な考慮要素となります。これらの契約は、JV内部での情報の取り扱い、秘密保持義務の範囲、目的外利用の禁止、JV解消後の情報の処理などについて定めるものであり、当事者間の合意内容が不正競争防止法上の不正使用の判断にも影響を与え得るためです。
裁判所の判断
裁判所は、まず本件情報が営業秘密に該当するかどうかを検討しました。JVという特殊な環境下での秘密管理性について、裁判所は、JV参加企業間の情報共有がJVの目的達成のために限定され、かつ、共有される情報について秘密である旨の表示や、アクセス権限の限定、JV契約における秘密保持義務の規定など、JV内部で秘密として管理するための一定の措置が講じられていたか否かを重視して判断しました。具体的な情報の性質(技術情報か、営業情報かなど)や、個別の情報管理措置の状況に応じて、情報の秘密管理性の有無が判断されました。有用性および非公知性についても、個別の情報ごとに詳細な検討が行われました。
その上で、裁判所は、本件情報が営業秘密に該当すると判断した情報について、X社による利用が不正使用にあたるかを検討しました。裁判所は、X社が本件情報を利用した目的が、JV設立時に合意された事業目的の範囲内であるか、あるいはJV契約で定められた利用許諾や秘密保持義務の範囲を超えているかなどを詳細に検証しました。JV契約における情報の目的外利用禁止や、JV解消後の情報の返還・破棄義務の条項は、X社の利用行為が「不正」であるか否かを判断する上で重要な根拠となりました。裁判所は、これらの検討を経て、X社の行為がJV契約上の制限に違反し、不正競争防止法上の不正使用に該当するか否かについて判断を下しました。
結論として、裁判所の判断は、個別の情報の性質、JVにおける具体的な情報管理措置、JV契約の内容、およびX社の利用行為の目的や態様によって異なりました。ある情報については営業秘密性を認め、その利用を不正使用とした一方、別の情報については秘密管理性が不十分であるとして営業秘密性を否定したり、あるいはJV契約上の制限を超える利用ではないとして不正使用を否定したりする判断が示されました。
事例からの示唆・学び
本事例は、共同事業体(JV)のような企業間連携において、営業秘密の保護がいかに重要であり、かつ複雑であるかを示しています。ここから、読者である法学部生や経営学部生、そして将来企業で働く可能性がある方々が学ぶべき点は多くあります。
第一に、JVにおける情報管理の重要性です。JV内部で自由に情報が共有される環境であっても、保護すべき情報は「秘密として管理」しなければ、いざというときに営業秘密として認められないリスクがあります。JV設立時の契約において、どのような情報を共有するか、共有した情報の取り扱いや秘密保持義務の範囲、そしてJV解消後の情報の取り扱いについて、明確かつ具体的に定めることが極めて重要です。また、契約だけでなく、JVの運営実態としても、共有情報へのアクセス制限、秘密である旨の表示、秘密保持に関する従業員への周知徹底といった物理的・技術的・組織的な管理措置を適切に講じることが不可欠です。
第二に、「目的外利用」のリスクです。JV設立時に合意された目的のために情報を共有・利用することは正当ですが、その目的から逸脱した利用は、JV契約違反にとどまらず、不正競争防止法上の不正使用と評価される可能性があります。特にJV解消後は、各参加企業が再び独立した事業体として活動するため、過去にJVで得た情報を自社事業に利用したい誘惑に駆られることがありますが、JV契約の内容や情報取得の経緯を十分に確認する必要があります。
第三に、契約条項の具体性と明確性です。本事例でも示唆されるように、JV契約における秘密保持義務、目的外利用禁止、JV解消後の情報処理に関する条項が曖昧であると、トラブル発生時の解決が困難になります。どの情報を保護対象とするか、利用目的の範囲、利用期間、解消時の返還・破棄義務などを、将来的な紛争を防ぐために可能な限り具体的に定めておくべきです。
学生の皆さんにとっては、企業法務や知的財産法を学ぶ上で、JVや共同開発のような企業間連携における情報の流れとリスクを理解することの重要性を再認識する機会となるでしょう。将来、企業の経営企画、法務、研究開発などの部門に携わる際には、契約締結時だけでなく、実際の情報管理運用や提携関係の解消時にも、これらの点を意識することが求められます。
まとめ
共同事業体(JV)は、企業が協業を通じて新たな価値を創造するための有効な手段ですが、その情報共有環境ゆえに営業秘密に関するトラブルのリスクも潜在しています。本稿で解説した事例は、JV内部で共有された情報の営業秘密性や、JV解消後の利用が不正使用にあたるかといった点が争点となり、契約上の定めや実際の情報管理体制の重要性が浮き彫りとなりました。
JVにおける情報のやり取りに際しては、秘密管理性の要件を満たすための適切な管理措置を講じること、そして共有情報の利用目的・範囲を明確に合意し、これを遵守することが不可欠です。JV契約の締結時だけでなく、運営期間中や解消時においても、営業秘密の保護に対する意識を高めることが、不要なトラブルを回避し、円滑な企業間連携を維持するための鍵となります。