【事例解説】ライセンス契約終了後のノウハウ利用リスク - どこまでが「不正使用」となるか
はじめに
企業間で技術ライセンス契約を締結し、自社の技術やノウハウを提供する、あるいは他社から提供を受けることは珍しくありません。このような契約においては、提供される技術情報が営業秘密である場合が多く、契約期間中の秘密保持義務が重要となります。しかし、契約が期間満了や解除によって終了した後、ライセンシー(技術の提供を受けた側)が、契約期間中に開示された情報やそれに基づいて得た知見を利用し続けることが、不正競争防止法上の営業秘密侵害にあたるかという問題が生じることがあります。
この記事では、ライセンス契約終了後の技術情報・ノウハウの利用に関するトラブル事例を想定し、どのような場合に不正競争防止法上の「不正使用」が成立するのか、関連する法的な論点や裁判所の考え方を解説します。
事案の経緯(想定される典型例)
技術提供を行うA社は、B社との間で、特定の製品の製造に必要な技術ライセンス契約を締結しました。この契約に基づき、A社はB社に対し、製品の製造方法に関する詳細な技術情報やノウハウ(以下「本件情報」といいます)を開示しました。契約には、本件情報がA社の営業秘密であること、およびB社が本件情報を秘密として厳重に管理することなどが定められていました。また、契約終了後の本件情報の扱いについても一定の規定がありました。
数年後、このライセンス契約は期間満了により終了しました。しかし、契約終了後も、B社は契約期間中に取得した本件情報を利用して製品の製造を続けました。これに対し、A社は、B社の契約終了後の本件情報の利用行為は、不正競争防止法上の営業秘密の不正使用にあたるとして、B社に対し製造販売の差止や損害賠償を求める訴訟を提起しました。
法的な争点
本件のような事例で中心となる法的な争点は、以下の2点です。
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本件情報が営業秘密に該当するか 不正競争防止法によって保護されるのは「営業秘密」です。本件情報が営業秘密にあたるか否かは、「秘密管理性」「有用性」「非公知性」という3つの要件を満たすかどうかが問われます。
- 秘密管理性: A社が本件情報に対し、秘密である旨を明示したり、アクセスを制限したりするなど、秘密として管理するための措置を講じていたか。ライセンス契約における秘密保持条項の有無や、B社に開示する際の情報管理体制なども評価の対象となります。
- 有用性: 本件情報が客観的にみて事業活動に有用な技術情報であるか。製品製造に不可欠なノウハウであるかなどが問われます。
- 非公知性: 本件情報が公然と知られていない情報であるか。業界内で広く知られている技術や、容易に入手可能な情報ではないかなどが問われます。
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B社の契約終了後の利用行為が「不正使用」にあたるか B社は、契約に基づきA社から正当に本件情報の開示を受けました。不正競争防止法は、営業秘密を「不正の手段」(詐欺、窃盗、脅迫など)により取得する行為や、不正に取得された営業秘密であることを知りながら使用する行為などを「不正競争」として定義しています(同法2条1項4号~10号)。 本件のように、契約に基づいて情報を提供された者が、その後の利用態様や時期が問題となるケースにおいて、契約終了後の利用行為が不正競争防止法上の「不正使用」にあたるかが争点となります。特に、同法2条1項7号は「営業秘密を不正に取得した者」による使用等を、8号は「営業秘密が不正に取得されたものであること若しくは不正に開示されたものであることを知って...当該営業秘密を取得した者」による使用等を不正競争行為と定めています。 B社はA社から正当に情報を取得しているため、取得行為自体は不正ではありません。しかし、契約終了後にもかかわらず利用を継続する行為が、不正競争防止法が保護しようとする「営業秘密の使用に関する正当な権利・利益」を侵害する行為として「不正使用」と評価されるかが問題となります。裁判例では、契約内容や、契約終了後の利用行為が信義則に反するかどうかが重要な判断要素となる傾向にあります。
関連法規の解説
本件に関連する主な法規は、不正競争防止法です。
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不正競争防止法第2条第6項: 「この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」 この定義は、営業秘密の3つの要件(秘密管理性、有用性、非公知性)を定めています。
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不正競争防止法第2条第1項(抜粋): 特定の行為を「不正競争」として定めています。本件のような事例では、特に以下の号が問題となり得ます。
- 第7号: 営業秘密を不正の手段(窃盗、詐欺、強迫その他不正の利益を得る目的又は事業上の損害を加える目的で)により取得する行為(不正取得)や、その営業秘密を使用し、又は開示する行為。
- 第8号: 営業秘密が不正に取得されたものであること又は前号若しくは第十号に規定する不正開示行為(これに準ずる行為として政令で定めるものを含む。)により不正に開示されたものであることを知って、若しくは重大な過失により知らないで、当該営業秘密を取得する行為や、その営業秘密を使用し、又は開示する行為。
本件ではB社は「不正の手段」で情報を取得したわけではありません。したがって、契約終了後の利用行為が不正競争防止法上の「不正使用」にあたるか否かは、単に物理的な情報保有の継続ではなく、契約内容、契約終了の経緯、およびその後の利用行為が、ライセンサーの正当な利益を害する態様であるかといった点から判断されることになります。ライセンス契約における「契約終了後の情報の扱い」に関する条項は、この判断において極めて重要な意味を持ちます。
裁判所の判断(典型的な判断傾向)
ライセンス契約終了後の技術情報利用について不正競争防止法違反が争われた裁判例では、裁判所は以下の点を総合的に考慮して判断する傾向にあります。
- 情報自体の営業秘密性: まず、対象となる技術情報が、そもそも不正競争防止法上の営業秘密の要件を満たすか否かを厳格に審査します。特に、ライセンス契約に基づいて開示した情報であっても、秘密管理措置が不十分であったり、契約終了までに公知になっていたりした場合は、営業秘密性が否定される可能性があります。
- ライセンス契約の条項: 契約における秘密保持条項の内容、特に契約終了後の情報の破棄、返還、利用制限に関する条項の有無とその具体的な内容を重視します。これらの条項は、当事者間で情報の利用範囲についてどのように合意していたかを示す重要な証拠となります。
- 契約終了後の利用行為の態様: B社が本件情報をどのように利用したか、契約終了後すぐに利用を開始したか、製品の製造にどの程度不可欠であったかなどを考慮します。
- 信義則: 契約終了後の利用行為が、契約の趣旨や当事者間の信頼関係に照らして、信義則に反する不当な行為であるかどうかも判断要素となり得ます。
仮に裁判所が、本件情報が営業秘密性を満たし、かつB社の契約終了後の利用行為が、ライセンス契約の趣旨や信義則に照らして許容されない「不正使用」にあたると判断した場合、A社の差止請求や損害賠償請求が認められることになります。
事例からの示唆・学び
この事例は、ライセンス契約における営業秘密保護の難しさ、特に契約終了後のリスク管理の重要性を示唆しています。
- 契約条項の重要性: 技術ライセンス契約や共同開発契約など、営業秘密を開示・提供する契約においては、契約終了後の情報の扱い(返還、破棄、利用制限など)に関する条項を明確かつ具体的に定めることが極めて重要です。曖昧な規定や、契約期間中の秘密保持義務しか定めていない場合、契約終了後の利用行為を差し止めることが難しくなる可能性があります。
- 秘密管理性の維持: 契約に基づき他者に情報を開示しても、自社における情報の秘密管理措置を怠ってはなりません。情報提供の範囲を限定したり、アクセス権限を明確にしたりするなど、継続的な秘密管理が必要です。
- 不正使用の判断の複雑さ: 契約に基づく正当な取得であっても、その後の利用行為が契約の趣旨に反する場合、不正競争防止法上の「不正使用」と評価されうることを理解しておく必要があります。「不正使用」は、単に情報を持っているか否かだけでなく、その情報がどのように、いつ、どのような目的で使われたかという文脈で判断される複雑な概念です。
- 学生の学びとして: 本事例は、民法上の契約の効力(契約終了による権利義務の消滅)と、不正競争防止法による法定の保護がどのように連携し、あるいは抵触しうるかという、法分野横断的な視点を得る良い機会となります。契約で保護しきれない部分を不正競争防止法が補完する、あるいはその逆の場面が存在することを理解することは、将来、実務に携わる上で役立つでしょう。
まとめ
技術ライセンス契約において開示された営業秘密は、契約期間中はもちろん、契約終了後も保護されるべき情報です。しかし、その保護の範囲や根拠は、契約内容や不正競争防止法の解釈によって左右されます。
ライセンス契約終了後の技術情報・ノウハウの利用が「不正使用」にあたるか否かは、「営業秘密性」の有無に加え、ライセンス契約における契約終了後の情報の扱いに関する条項の具体性とその違反の有無、および利用行為が契約の趣旨や信義則に照らして不当であるかが重要な判断要素となります。
企業としては、ライセンス契約締結時に、契約終了後の情報の扱いについて予見可能性を高める明確な条項を設けること、そして継続的に秘密管理措置を講じることが、将来的なトラブルを回避し、営業秘密を保護するための鍵となります。