【事例解説】製造委託先による技術情報利用 - 「不正使用」と委託契約の範囲が争点となったケース
はじめに
企業が製品の製造や開発を外部の事業者に委託することは、経営資源の有効活用や専門技術の導入といった観点から広く行われています。しかし、この過程で委託元から委託先に対して開示される技術情報やノウハウが、契約終了後に不正に使用されるといったトラブルが発生するリスクも存在します。
この記事では、製造委託契約に基づいて開示された技術情報が、委託契約の範囲を超えて利用されたケースを取り上げ、それが不正競争防止法上の「不正使用」に該当するかどうかが争点となった裁判事例を解説します。この事例を通じて、業務委託における営業秘密保護の重要性、契約と不正競争防止法の関係、そして企業が取るべき対策について考察します。
事案の経緯
本件は、ある製品の製造を外部の製造事業者(以下「被控訴人」または「委託先」)に委託していた企業(以下「控訴人」または「委託元」)が、委託契約終了後、委託先が委託元から開示された技術情報を用いて、委託元製品と競合する製品を製造・販売しているとして、不正競争防止法に基づき差止請求や損害賠償請求を行った事案です。
控訴人は、被控訴人との間で製品の製造委託契約を締結し、製品を製造するために必要な技術情報(例えば、特定の製造工程に関するノウハウ、配合情報、品質管理基準など)を被控訴人に対して開示しました。契約期間中、被控訴人はこの技術情報に基づき、控訴人の指示に従って製品を製造していました。
しかし、契約が終了した後、被控訴人は控訴人から開示された技術情報を自己の事業のために利用し、控訴人の製品と類似する製品を製造・販売し始めたと控訴人は主張しました。控訴人は、この被控訴人の行為は、開示された技術情報が控訴人の営業秘密であるにもかかわらず、これを不正に使用する行為であり、不正競争防止法に違反すると主張して訴えを提起しました。
これに対し、被控訴人は、開示された情報が営業秘密に該当しない、あるいは自己の行為は「不正使用」にあたらないなどと反論しました。
法的な争点
この事例における主な法的な争点は以下の点です。
- 開示された技術情報が「営業秘密」に該当するかどうか:
- 不正競争防止法上、保護される「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(同法2条6項)を指します。
- 本件では、委託契約に基づいて開示された技術情報が、この「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3要件を満たすかが問題となりました。特に、委託先への開示という性質上、どの程度秘密管理がなされていたかが重要な論点となります。
- 被控訴人の行為が営業秘密の「不正使用」に該当するかどうか:
- 不正競争防止法2条1項7号は、「営業秘密を不正に取得した者…が、その営業秘密を使用し…不正の競争(不正の利益を得る目的又は事業上の損害を加える目的をもってする競争をいう。…)のために使用する行為」を不正競争行為として定めています。
- 本件では、被控訴人が委託契約に基づいて情報を取得しているため、「不正に取得した者」には該当しませんが、同項8号に規定される「営業秘密を取得した者であって…その後不正の競争の目的でその営業秘密を使用する行為」に該当するかが争点となります。被控訴人が開示された技術情報を自己の競合製品製造に用いることが、委託契約の目的や範囲を逸脱した「不正使用」にあたるか、また「不正の競争の目的」があったかが問われます。
- 委託契約上の秘密保持義務違反と不正競争防止法上の不正競争行為の関係:
- 委託契約には、通常、委託先に対する秘密保持義務が定められています。本件被控訴人の行為が契約違反にあたることは明らかですが、契約違反であることと、不正競争防止法上の不正競争行為であることは、法的に異なる評価を受けます。不正競争防止法は、契約関係の有無にかかわらず、広く不正な競争行為を規制するものです。しかし、委託契約の内容は、開示された情報の秘密管理性や、使用行為の「不正性」を判断する上で考慮される要素となります。
関連法規の解説
本件の主な関連法規は、不正競争防止法です。
- 第2条第1項第7号・第8号: 営業秘密の不正取得、不正開示、そして不正使用といった行為を不正競争行為と定義しています。本件では、主に第8号の「営業秘密を取得した者(不正取得者を除く)であって、その後に不正の競争の目的でその営業秘密を使用する行為」が問題となります。
- 第2条第6項: 「営業秘密」の定義を定めており、前述の通り、「秘密として管理されている(秘密管理性)」、「有用な(有用性)」、「公然と知られていないもの(非公知性)」の3要件を満たす情報と規定しています。これらの要件は、個別の事例において、その情報が置かれていた状況や管理体制、内容などから判断されます。
委託契約は、当事者間の合意に基づく私法上の契約ですが、契約によって開示された情報が上記の営業秘密の要件を満たす場合、その不正な利用行為は不正競争防止法による規律の対象となり得ます。契約における秘密保持条項は、情報の秘密管理性を基礎づける重要な要素の一つとなります。
裁判所の判断
裁判所は、まず控訴人が開示した技術情報が営業秘密に該当するかどうかを検討しました。技術情報の内容、控訴人がその情報にアクセスできる者を限定していたか、情報に「秘」などの表示を付していたか、情報が記録された媒体を施錠できる場所に保管していたかなど、具体的な事実を認定し、秘密管理性の有無を判断しました。また、その技術情報が控訴人製品の製造に実際に使用されており、市場において競合製品との差別化に寄与する可能性があることなどから有用性を認め、さらに、一般的な技術知識からは容易に知り得ない情報であるとして非公知性も認め、結果として、開示された技術情報が控訴人の営業秘密に該当すると判断しました。
次に、被控訴人の行為がこの営業秘密の「不正使用」にあたるかどうかが検討されました。裁判所は、被控訴人が控訴人との委託契約に基づいて、控訴人製品を製造するという目的に限定して技術情報の提供を受け、使用を許諾されていたことを認定しました。そして、被控訴人が契約終了後、自己の製品製造のために当該技術情報を使用した行為は、委託契約によって認められた範囲や目的を明らかに逸脱した使用であると判断しました。さらに、その使用が控訴人製品と競合する製品の製造・販売を目的としていることから、「不正の競争の目的」も認められると判断しました。
これらの判断に基づき、裁判所は被控訴人の行為が不正競争防止法上の営業秘密の不正使用に該当すると認定し、控訴人の差止請求や損害賠償請求を認める判断を下しました。
事例からの示唆・学び
この事例は、業務委託契約における営業秘密保護の難しさと重要性を強く示唆しています。
- 委託契約における秘密保持条項の徹底: 委託契約において、開示する情報の範囲、秘密保持義務の内容、使用目的・範囲の限定、契約終了後の情報の返還・廃棄義務、および違反した場合の罰則や損害賠償について、具体的にかつ明確に定めることの重要性が再確認されます。単に「秘密情報」とするだけでなく、具体的にどのような情報を秘密として扱うかを特定することも有効です。
- 開示情報の秘密管理: 委託先への情報開示は、情報の広がりを意味するため、秘密管理性が失われるリスクが高まります。開示する情報には「秘」などの表示を付し、委託先に対して秘密保持契約を締結させるだけでなく、委託先社内での情報管理状況を確認するなど、可能な範囲で秘密管理措置を講じることが望ましいでしょう。
- 「不正使用」の判断: 委託契約によって合法的に取得した情報であっても、契約の目的や範囲を逸脱して利用すれば「不正使用」となり得ることを理解する必要があります。特に契約終了後の競合製品開発・製造への利用は、不正競争行為と判断される典型例と言えます。
- 損害の立証: 営業秘密侵害における損害額の立証は難しい場合が多いです。しかし、不正競争防止法には損害額の推定規定(第5条)がありますので、それらを活用することも検討が必要です。
- 学生の学びへの関連: 法学部生にとっては、契約法と不正競争防止法(知的財産法)という異なる法分野が、具体的な事案でどのように関連し、適用されるかを理解する上で参考になります。経営学部生にとっては、アウトソーシング戦略におけるリスク管理、特に情報セキュリティや契約マネジメントの重要性を学ぶ機会となります。将来、企業法務や事業戦略に関わる上で、このような事例から具体的な法的リスクと対策を知っておくことは非常に有益です。
まとめ
製造委託先が、委託元から開示された技術情報を契約終了後に自己の競合事業のために利用した行為が、不正競争防止法上の営業秘密の不正使用に該当するかどうかが争われた本事例では、裁判所は、開示情報が営業秘密の要件を満たすと判断し、委託契約の目的・範囲を逸脱した利用行為は「不正使用」にあたるとして、委託元の請求を認めました。
この事例から、業務委託においては、委託契約における明確な秘密保持条項の設置、開示情報の適切な秘密管理、そして委託先の行為に対する継続的な監視が、自社の営業秘密を保護するために不可欠であることが示唆されます。企業は、外部との連携を強化する一方で、自社の知的財産を守るための法的および実務的な対策を講じる必要があります。