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【事例解説】オープンソース利用における営業秘密の混同・流出リスク

Tags: オープンソース, OSS, 営業秘密, 不正競争防止法, 秘密管理性, ライセンス, リスク管理, コード管理

【事例解説】オープンソース利用における営業秘密の混同・流出リスク

導入

現代のソフトウェア開発において、オープンソースソフトウェア(OSS)の利用は不可欠なものとなっています。多くの企業が開発効率の向上やコスト削減のためにOSSを活用していますが、その一方で、自社の貴重な技術情報である「営業秘密」とOSSが混同され、意図せず外部に流出してしまうリスクも潜んでいます。この記事では、OSSの利用に伴い発生しうる営業秘密の混同・流出リスクに焦点を当て、法的な観点からその問題点と企業の取るべき対策について解説します。なぜこのテーマが重要かといえば、OSSの普及に伴い、多くの企業が直面しうる現実的なリスクであり、適切な管理を行わないと、競争力の源泉である営業秘密を失う可能性があるからです。

事案の経緯(仮想事例に基づく解説)

ここでは、OSS利用に伴う一般的なリスクを解説するため、複数の問題状況を組み合わせた仮想的な事案を想定します。

あるIT企業A社は、競合他社にない独自のアルゴリズムやビジネスロジック(これらはA社の営業秘密に該当する可能性が高い情報です)を含む高性能なソフトウェア製品を開発していました。開発チームでは、開発期間短縮のため、積極的に外部のOSSライブラリやフレームワークを利用していました。

しかし、開発プロセスにおいて、以下のような状況が発生しました。

これらの状況が積み重なった結果、A社が開発した製品の一部または関連情報が、OSSの公開ライセンスに従って公開されるべきものとみなされたり、あるいは従業員の不注意によって非公知性が失われたりするリスクが生じました。

法的な争点

この仮想事例において、法的な争点となるのは主に以下の点です。

  1. 「営業秘密」の要件充足性: A社が営業秘密として保護を主張したい情報(独自のアルゴリズムやビジネスロジックの実装コードなど)が、不正競争防止法に定める「営業秘密」の三要件(秘密管理性、有用性、非公知性)を満たしているかどうかが問われます。
    • 秘密管理性: 社内で情報へのアクセス制限(パスワード、アクセス権限設定など)、情報に秘密である旨の表示(マル秘表示など)、従業員への周知徹底といった対策が講じられていたかが重要です。OSSとの混同やずさんなコード管理は、秘密管理性の不備と評価される可能性があります。
    • 有用性: その情報が客観的にみて事業活動に有用であるかが問われます。独自のアルゴリズムなど、開発効率や製品性能に貢献する情報は通常有用性が認められます。
    • 非公知性: その情報が一般に知られておらず、容易に入手できない状態にあるかが問われます。OSSとの混同により、OSSライセンスに従って公開されたり、従業員が不注意で公開したりした場合は、非公知性を失い、もはや営業秘密とは認められなくなります。
  2. 不正競争防止法上の「不正競争行為」への該当性: もし情報が営業秘密の要件を満たしていた場合、その後の行為が不正競争防止法2条1項7号などに定める「営業秘密の侵害行為」に該当するかが争点となり得ます。例えば、従業員が不正な目的で外部に情報を開示したり、第三者がそれを知って使用したりする行為です。ただし、本事例の焦点は主にOSS利用による「営業秘密性の喪失リスク」にあり、従業員の不注意な開示や管理不備による非公知性の喪失自体が、直ちに不正競争防止法上の不正取得・使用に該当するわけではありませんが、結果として営業秘密保護を困難にするという点で重大な問題です。

関連法規の解説

裁判所の判断(一般的な傾向)

このテーマに直接的に合致する最高裁判例や高裁判例は多くありません。しかし、営業秘密侵害訴訟全般において、裁判所は「秘密管理性」の有無を非常に厳格に判断する傾向があります。企業が情報を秘密として保護しようとする明確な意思表示と、それに沿った具体的な措置(アクセス制限、秘密表示、従業員への周知など)が講じられていたかが重視されます。

OSSとの混同やずさんなコード管理、従業員による不注意な外部公開が発生した場合、裁判所は「秘密管理措置が不十分であった」「もはや非公知性を失った」と判断し、対象の情報が営業秘密の定義を満たさないとして、企業の請求を棄却する可能性があります。また、OSSライセンスによって情報が公開された場合、それはもはや「公然と知られていない」情報ではなくなるため、非公知性を失ったと判断されるでしょう。

つまり、OSS利用の管理不備が直接的に不正競争防止法上の「侵害行為」と認定されるよりも、むしろその管理不備によって情報自体が営業秘密としての法的保護を失ってしまう、という形で企業にとって不利益が生じることが多いと考えられます。

事例からの示唆・学び

この仮想事例は、OSSの便利な利用の裏に潜む、営業秘密保護の落とし穴を示しています。ここから得られる示唆・学びは以下の通りです。

法学部や経営学部で学ぶ学生の皆さんにとっては、知的財産法、特に不正競争防止法が、単なる条文知識だけでなく、企業の事業活動や技術開発の実態と密接に関わっていること、そして情報管理やリスクマネジメントといった経営課題とも不可分であることを理解する良い事例となるでしょう。将来、企業で働く際に、技術部門や開発部門と連携し、こうしたリスクを未然に防ぐための仕組みづくりに貢献できる視点を持つことが重要です。

まとめ

OSSの利用は現代の技術開発に不可欠ですが、適切に管理されなければ、自社の営業秘密を危険に晒すことになります。特に、OSSライセンスの誤解やコード管理の不備は、営業秘密の秘密管理性や非公知性を失わせ、法的保護を受けられなくなるという重大な結果を招きかねません。企業は、明確なガイドライン、厳格なコード管理、継続的な従業員教育、そして部門間の連携を通じて、OSS利用に伴う営業秘密の混同・流出リスクを管理していく必要があります。これは、競争力を維持し、将来の事業成長を守るために避けては通れない課題であると言えるでしょう。