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【事例解説】新規事業パートナー選定時に開示した情報は営業秘密か? - 契約不成立後の不正使用が争点となったケース

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, 秘密保持契約, 契約交渉, 不正使用

導入

企業が新たな事業を開始する際、技術開発や販売網構築などを目的として、外部の企業とパートナーシップを組むことを検討する場合があります。そのパートナー選定の過程では、自社の事業計画や技術的な詳細、顧客情報といった機密性の高い情報を、候補となる複数の企業に開示することが不可欠となることがあります。

しかし、候補企業の全てと最終的に契約が成立するわけではありません。契約が不成立に終わった後、かつてパートナー候補であった企業が、選定過程で開示を受けた情報を自己の事業に利用する、あるいは第三者に開示するといった行為に及んだ場合、これは不正競争防止法上の「営業秘密の不正使用」にあたるのでしょうか。

この記事では、新規事業パートナー選定の場面を想定し、このような情報開示とその後の利用を巡って営業秘密侵害が争点となった事例を参考に、どのような情報が営業秘密となるか、契約不成立後の情報利用が不正使用にあたるかといった法的な論点と、そこから得られる示唆について解説します。

事案の経緯

ある企業A(以下、「A社」)は、特定の分野における新規事業の立ち上げを計画していました。この新規事業を円滑に進めるため、A社は技術力や販売力を持つ外部企業との連携を模索し、複数の企業をパートナー候補として検討していました。

A社は、候補企業のうちの一社である企業B(以下、「B社」)に対し、新規事業の具体的な事業計画、ターゲット顧客層に関する詳細、関連技術の概要、収益モデルといった情報を開示することになりました。この情報開示に際しては、A社とB社の間で秘密保持契約(NDA)が締結され、開示された情報の使用目的が新規事業におけるパートナーシップの可能性検討に限定されること、および、検討終了後や契約不成立の場合には情報を返還または破棄することなどが合意されていました。

B社は開示された情報を基にパートナーシップの可能性を検討しましたが、最終的にA社はB社を新規事業のパートナーとして選定しないことを決定し、B社にその旨を伝えました。

しかし、数ヶ月後、A社はB社がA社の新規事業と類似した事業を開始したことを知りました。そして、その事業において、A社がかつてパートナー選定時にB社に開示した情報の一部またはそれに類似する情報が利用されているのではないかという疑いを持ちました。A社は、B社の行為が不正競争防止法上の営業秘密侵害にあたるとして、B社に対して差止請求や損害賠償請求を求め、裁判に至りました。

法的な争点

この事例において中心的な法的な争点は、以下の点に集約されます。

  1. 開示された情報が「営業秘密」に該当するか:

    • 不正競争防止法において「営業秘密」として保護されるためには、「秘密として管理されていること(秘密管理性)」、「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)」、「公然と知られていないこと(非公知性)」という三つの要件を満たす必要があります(不正競争防止法第2条第6項)。
    • 本件でA社が開示した情報(事業計画、顧客情報、技術概要など)がこれらの要件を満たすかが問われました。特に、複数の候補企業に開示した場合の「非公知性」や、NDAを締結した上での開示が「秘密管理性」を担保する措置として十分であったか、また、計画段階の情報に「有用性」が認められるかなどが争点となります。
  2. 契約不成立後の情報利用が「不正使用」に該当するか:

    • 不正競争防止法は、営業秘密を「不正の利益を得る目的」または「営業秘密保有者に損害を与える目的」で、不正に取得した、またはその内容を知った者が「自己の事業のために使用し、又は開示する行為」を不正競争行為として定めています(不正競争防止法第2条第1項第4号、第5号など)。
    • B社はA社との契約交渉の中で合法的に情報を取得しています。問題は、契約が不成立となった後に、その情報を自己の競合事業に利用したことが「不正使用」にあたるかという点です。NDAにおける使用目的の限定や、契約不成立後の情報の返還・破棄義務の合意があったとしても、その義務違反が直ちに不正競争防止法上の「不正使用」となるのか、あるいはNDA違反とは別に不正競争防止法上の要件を満たす必要があるのかが争われました。具体的には、B社が情報を利用したことが「不正の目的」によるものか、また、その利用行為がNDAで合意された使用目的を逸脱しているかなどが検討されます。

関連法規の解説

本事例で最も重要となるのは、不正競争防止法です。

また、本事例では秘密保持契約(NDA)も重要な役割を果たします。NDAは、当事者間で情報の開示範囲、使用目的、秘密保持義務の期間、契約終了後の情報の扱いなどを具体的に定める契約です。NDA違反は契約違反として損害賠償の対象となりますが、同時に、NDAによる秘密管理措置が不正競争防止法上の「秘密管理性」を充足させるための重要な要素となります。また、NDAで定められた使用目的の限定は、その後の情報利用が「不正使用」にあたるかどうかの判断においても考慮される要素となり得ます。

裁判所の判断

このような事例における裁判所の判断は、個別の事実関係やNDAの内容によって異なりますが、一般的な傾向として以下の点が考慮されます。

  1. 営業秘密性の判断:

    • 開示された情報が、A社内においてアクセス制限や秘密表示といった適切な秘密管理措置が講じられていたかが厳しく審査されます。NDAを締結した上で開示することは秘密管理措置の一つとして評価されますが、それだけでは十分とは言えず、情報自体に対する社内での管理状況も問われます。
    • 事業計画や技術概要といった情報が、A社の事業にとって客観的に有用な情報であったか、また、情報開示の時点や裁判の時点で公然と知られていない情報であったかも検討されます。特に、まだ実現していない計画段階の情報であっても、その内容が具体的であり、実現すればA社に競争上の優位性をもたらすようなものであれば、有用性が認められる傾向にあります。
  2. 不正使用性の判断:

    • B社が契約不成立後に情報を利用した行為が、NDAで合意された使用目的の範囲を逸脱しているかどうかがまず検討されます。新規事業のパートナーシップ検討という目的から、競合する自社事業の立ち上げに利用することは、通常、目的外利用と評価される可能性が高いです。
    • さらに、不正競争防止法上の「不正使用」にあたるためには、「不正の利益を得る目的」または「営業秘密保有者に損害を与える目的」が必要です。B社がA社の情報を利用して競合事業を立ち上げた場合、B社はA社の開発コストや時間を省いて利益を得ようとした、あるいはA社の新規事業を妨害しようとした、といった「不正の目的」が認定されやすい状況と言えます。
    • 裁判所は、開示された情報の具体的な内容、B社が開始した事業内容との関連性、B社の情報利用の態様(そのまま利用したか、参考にした程度かなど)、NDAの内容などを総合的に考慮して、不正使用にあたるか否かを判断します。

本事例のようなケースでは、裁判所は、開示された情報がNDAと社内管理の両面から一定程度の秘密管理性が認められ、かつ事業の実現可能性や競争優位性から有用性・非公知性も認められやすい情報であれば、営業秘密に該当すると判断する可能性が高いと言えます。その上で、B社が契約不成立後にその情報をA社と競合する自社事業に利用した行為は、NDAで定められた目的を逸脱しており、A社に損害を与える可能性のある行為であるため、不正競争防止法上の「不正使用」にあたると判断される傾向にあると考えられます。

事例からの示唆・学び

この事例から、学生の皆さんが学ぶべき重要な点や、将来ビジネスに関わる上で注意すべき点をいくつかご紹介します。

まとめ

新規事業のパートナー選定のような契約交渉の過程で開示される情報は、企業にとって競争力の源泉となりうる機密性の高いものです。このような情報が、契約が不成立となった相手方に不正に利用された場合、それは不正競争防止法上の営業秘密侵害となる可能性があります。

ただし、情報が法的に保護される「営業秘密」であると認められるためには、その情報が適切に「秘密として管理」されており、「有用性」と「非公知性」を備えていることが必要です。また、契約交渉の目的を逸脱したその後の情報利用が「不正使用」にあたるか否かは、個別の事情や秘密保持契約の内容によって判断が分かれます。

この事例は、外部との協業を検討するあらゆる場面において、機密情報の適切な管理がいかに重要であるかを教えてくれます。将来、皆さん自身がビジネスに関わる際には、情報開示に伴うリスクを理解し、秘密保持契約の重要性を認識し、日頃から情報に対する適切な秘密管理措置を講じることが極めて重要となるでしょう。