【事例解説】社内告発における営業秘密の開示リスク - 公益通報者保護法との関係が争点となったケース
導入
企業活動において、不正行為が発覚した場合にそれを内部または外部に告発する、いわゆる「社内告発」や「内部通報」は、企業の自浄作用を促し、社会的な信頼を維持するために重要な役割を果たします。しかし、この告発の過程で、告発者が不正の証拠として会社の情報を外部に開示する場合があります。この情報が、会社にとって重要な「営業秘密」に該当する場合、情報開示行為が不正競争防止法に違反する、あるいは労働契約上の秘密保持義務に違反するとして問題となることがあります。
この記事では、社内告発に伴う情報開示が営業秘密侵害となりうるのかという問題に焦点を当てます。特に、公益通報者を保護する公益通報者保護法との関係性に着目し、どのような場合に情報開示行為が法的に許容されるのか、裁判所の判断や関連法規を解説します。本事例を通じて、企業における情報管理の重要性と、公益通報制度の適切な理解を深めていただくことを目的とします。
事案の経緯(想定)
本事例は、ある製造業A社で発生した事案を想定したものです。A社に勤務する従業員Xは、自社製品の品質データを意図的に改ざんし、顧客に不利益をもたらす不正行為が行われていることに気づきました。この不正は、特定の部署ぐるみで行われており、社内の正規の通報窓口に相談しても適切に対応されない状況でした。
従業員Xは、この不正行為を是正する必要があると考え、その証拠として、改ざんされた製品品質データや、その影響を受けた顧客リスト、製造プロセスに関する非公開データの一部を複製し、外部の行政機関に提供しました。また、一部の情報を、不正行為を報道によって社会に知らせる目的で、匿名で報道機関にも提供しました。
A社は、外部機関からの問い合わせや報道によって情報の流出を知り、社内調査の結果、従業員Xがこれらの情報を持ち出し、外部に開示したことを特定しました。A社は、従業員Xの情報持ち出しおよび開示行為が、不正競争防止法上の営業秘密の不正開示行為に該当し、かつ労働契約上の秘密保持義務に違反するとして、従業員Xに対し損害賠償請求訴訟を提起しました。一方、従業員Xは、自身の行為は不正行為の是正を目的とした正当な公益通報であり、公益通報者保護法によって保護されるため、違法性はないと主張しました。
この事案では、開示された情報が営業秘密に該当するか、従業員Xの行為が不正競争防止法に違反するか、そして公益通報者保護法による保護が及ぶかが主な争点となりました。
法的な争点
この事例における主な法的な争点は以下の通りです。
- 情報が「営業秘密」に該当するか:
- 従業員Xが開示した製品品質データ、顧客リスト、製造プロセスに関するデータが、不正競争防止法に定める「営業秘密」(秘密管理性、有用性、非公知性の全てを満たす情報)に該当するかが争点となります。特に、不正行為の証拠として利用されたデータであっても、本来の目的外に使用・開示された場合に秘密管理性は維持されるのか、品質改ざんされたデータに有用性があるのかなどが問題となりえます。
- 情報開示行為が「不正開示」に該当するか:
- 従業員Xが会社の情報を外部機関や報道機関に提供した行為が、不正競争防止法2条1項7号に規定される「不正の利益を得る目的又は事業者に損害を加える目的」による「開示」に該当するかが争点となります。従業員Xは不正行為の是正という公益目的を主張しており、「不正の目的」があったかどうかが問われます。
- 公益通報者保護法による保護の適用:
- 従業員Xの情報開示行為が、公益通報者保護法に基づく保護の対象となる「公益通報」に該当するかが最大の争点です。同法による保護が認められる場合、不正競争防止法上の不正行為や労働契約上の秘密保持義務違反が免責される可能性があります。公益通報に該当するためには、通報対象事実(法令違反行為など)が存在すること、通報の目的(不正の目的でないこと)、通報先(行政機関、報道機関など)、通報方法(真実相当性、通報先の適切性、開示範囲の必要性など)といった複数の要件を満たす必要があります。
関連法規の解説
本事例に関連する主な法規は、不正競争防止法と公益通報者保護法です。
- 不正競争防止法: この法律は、事業者間の公正な競争を確保することを目的とし、不正競争行為を類型化して規制しています。営業秘密に関する規制(2条1項4号~10号)は、この典型的な不正競争行為の一つです。「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(2条6項)と定義されています。この定義を満たす情報について、不正取得、不正使用、不正開示といった行為を禁止し、差止請求や損害賠償請求を認めています。本事例では、従業員Xの行為がこの「不正開示」に該当するかが問われました。
- 公益通報者保護法: この法律は、労働者等が不正行為を通報した場合に、解雇等の不利益な取扱いから保護することを目的としています。同法2条1項に「公益通報」の定義があり、3条に公益通報によって損害賠償義務を負わない場合が規定されています。特に、報道機関への通報(外部通報)については、企業内部や行政機関への通報よりも厳しい要件(例えば、内部や行政への通報では十分な調査が行われないと信じるに足りる相当の理由があること、個人の生命・身体への危険、財産の重大な損害など)が課されています。本事例では、従業員Xの行為がこの公益通報に該当し、免責されるかどうかが判断の焦点となります。
両法律の関係について、公益通報者保護法3条は、一定の要件を満たす公益通報を行った者は、通報対象事実に関連する情報開示について損害賠償責任を負わないと定めています。これは、適法な公益通報であれば、不正競争防止法上の不正開示行為や労働契約上の秘密保持義務違反とはならない、ということを意味すると解釈されています。
裁判所の判断(想定)
本想定事例において、裁判所は以下の点を考慮して判断を下すと考えられます。
まず、従業員Xが開示した情報がA社の「営業秘密」に該当するかについて検討します。不正行為の証拠として使用されたデータであっても、それが本来、秘密管理措置が講じられ、事業活動に有用であり、公然と知られていない情報であれば、営業秘密としての性質を失わないと判断される可能性があります。品質改ざんされたデータそのものに有用性がなくても、正規の品質データやそれに紐づく製造プロセス、顧客リストは有用性・秘密管理性・非公知性を満たすと判断されるかもしれません。
次に、従業員Xの情報開示行為が不正競争防止法上の「不正開示」に該当するかを検討します。不正競争防止法上の「不正の目的」は、事業者の営業秘密を害することなど、不正な利益を得たり事業者に損害を加えたりする目的を指します。従業員Xが不正行為の是正という公益目的で情報開示を行ったのであれば、原則として「不正の目的」は否定される方向で判断される可能性があります。
そして最も重要な点として、従業員Xの行為が公益通報者保護法の定める「公益通報」の要件を満たすかを詳細に検討します。行政機関への通報は、企業内部や行政への通報の要件(真実相当性など)を満たせば保護される可能性が高いです。しかし、報道機関への通報は、前述のようにさらに厳しい要件が課されます。従業員Xが社内窓口に相談したが対応されなかったという経緯があれば、外部通報の要件(内部や行政への通報では十分な調査が行われないと信じるに足りる相当の理由があること)を満たすと判断されるかもしれません。また、開示した情報の範囲が、通報対象事実を明らかにするために必要な範囲に限られていたかどうかも重要な判断要素となります。必要以上に広範な情報を開示したり、個人的な恨みといった不正な目的が少しでも混じっていたりすると、公益通報としての要件を満たさず、保護されないと判断されるリスクがあります。
裁判所は、これらの点を総合的に考慮し、従業員Xの情報開示行為が公益通報者保護法の保護要件を満たす場合は、たとえそれが営業秘密の開示であったとしても、不正競争防止法上の不正行為や労働契約上の秘密保持義務違反とはならず、損害賠償責任を負わないと判断する可能性が高いと考えられます。逆に、公益通報者保護法の要件を満たさないと判断された場合は、営業秘密侵害として損害賠償責任が認められることになります。
事例からの示唆・学び
この事例から、読者の皆様、特に将来企業で働く可能性のある法学部・経営学部の学生の皆様は、いくつかの重要な示唆や学びを得ることができます。
まず、企業にとって、不正行為の発生を抑止し、万が一発生した場合に適切に対応できる内部通報制度を含むコンプライアンス体制を整備することが極めて重要です。適切な内部通報窓口が存在し、通報者が安心して利用でき、通報が真摯に調査される体制があれば、従業員が情報を外部に持ち出すリスクを減らすことができます。
次に、企業は、社内不正の告発目的であっても、自社の営業秘密が外部に流出するリスクがあることを認識し、情報管理体制をより一層強化する必要があります。アクセス権限の限定、重要情報への持ち出し制限、利用状況のログ監視など、技術的・組織的な秘密管理措置を徹底することで、「秘密管理性」の要件を確実に満たすとともに、不正な情報持ち出しを抑止することができます。
また、従業員側にとっては、公益通報者保護法によって保護されるためには、満たすべき要件があることを理解しておく必要があります。単に不正を見つけたからといって、会社の情報を無制限に持ち出し、不特定多数に開示してしまうと、保護の対象とならず、法的な責任を追及されるリスクがあります。真実であると信じるに足りる相当の理由があること、不正の目的がないこと、通報先や開示する情報の範囲を通報目的に照らして必要最小限に留めることなど、法律の定める要件を慎重に確認する必要があります。
この事例は、企業の倫理、コンプライアンス、内部統制といった経営学的な視点と、営業秘密保護、公益通報者保護といった法的な視点が複雑に絡み合う問題であることを示しています。将来、企業の経営や法務に関わる際に、これらの視点を統合的に理解していることが、適切な判断を下す上で非常に重要になるでしょう。
まとめ
本記事では、社内告発に伴う情報の外部開示が営業秘密侵害となるかという問題について、公益通報者保護法との関連を中心に解説しました。
企業にとって重要な情報である営業秘密は、不正競争防止法によって保護されています。しかし、その情報が社内不正の証拠であり、従業員が公益通報者保護法の定める要件を満たして開示した場合、その行為は法的に保護され、営業秘密侵害とはならない可能性があります。
このことから、企業は内部通報制度の整備と情報管理の徹底に努めることが求められます。一方、通報を検討する側は、公益通報者保護法の要件を理解し、適切な手段・範囲で情報開示を行うことが自身の保護につながります。
この事例は、営業秘密の保護という企業の利益と、不正行為の是正という公益・個人の権利がどのように調整されるのかを示す興味深い事例と言えます。この解説が、読者の皆様の営業秘密やコンプライアンスに関する理解を深める一助となれば幸いです。