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【事例解説】システム設計の「統合ノウハウ」は営業秘密か? - 複数技術を組み合わせた情報の秘密管理性・有用性が争点となったケース

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, 秘密管理性, システム設計, ノウハウ, 事例解説, 退職者

はじめに

企業が競争優位性を築く上で、単一の技術要素だけでなく、複数の既存技術や独自の知見を組み合わせ、特定の目的を達成するためのシステム全体を設計・構築する能力、すなわち「統合ノウハウ」は非常に重要です。しかし、このような複雑で多岐にわたる情報が、法的に保護されるべき「営業秘密」にあたるのか、また、どのように保護すれば良いのかは、しばしば問題となります。

この記事では、システム設計における統合ノウハウが営業秘密として認められるか、特に不正競争防止法上の「営業秘密」の定義要件である「秘密管理性」「有用性」「非公知性」がどのように争点となるのかについて、関連する裁判事例を基に解説します。

事案の経緯

本記事で取り上げる事例は、ある企業が長年培ってきた、複数の市販ソフトウェアやハードウェア、および独自のカスタマイズや設定、運用手順を組み合わせることによって実現される特定のシステムに関する設計情報や構築ノウハウが問題となったケースを想定します。

具体的には、以下のような経緯でトラブルが発生したと仮定します。

  1. A社は、顧客の特定ニーズに対応するため、既存の技術要素を高度に組み合わせた独自のシステムを開発し、成功を収めていました。このシステムには、設計思想、構成要素の選定理由、各コンポーネントの詳細設定パラメータ、システム間の連携方法、トラブルシューティング手順など、多岐にわたる情報が含まれていました。これらは、A社の開発チームやシステム担当者によって共有され、文書化もされていましたが、その管理方法は部署やプロジェクトによってばらつきがありました。
  2. A社のシステム開発に中心的に関与していた元従業員B氏が退職し、競合企業C社に転職しました。
  3. その後、C社がA社のシステムと類似した機能を持つ製品を開発・販売を開始しました。A社は、B氏がA社のシステム設計ノウハウを不正に持ち出し、C社で利用したのではないかと疑念を抱きました。
  4. A社は、B氏およびC社に対して、不正競争防止法に基づき営業秘密侵害行為の差止めや損害賠償を求めて訴訟を提起しました。

法的な争点

この事例における主要な法的な争点は、以下の点に集約されます。

  1. A社のシステム設計ノウハウが不正競争防止法上の「営業秘密」にあたるか
    • 秘密管理性: A社が、当該システム設計ノウハウに対して、客観的に認識可能な秘密管理措置を講じていたか。複数の技術要素や手順、設定情報からなる膨大な情報に対して、組織全体で一貫した秘密管理ができていたか。個々の情報の一部は公開情報や一般知識に基づいている場合がある中で、その「組み合わせ方」や「統合方法」といった点に秘密管理措置が及んでいたか。
    • 有用性: 当該システム設計ノウハウが、A社の事業活動において有用であったか。競争優位性の源泉となっていたか。
    • 非公知性: 当該システム設計ノウハウが、公然と知られていないか。また、容易に知ることができない状態にあったか。個々の構成要素が既知である場合に、その組み合わせや全体としてのノウハウが非公知といえるか。
  2. 元従業員B氏の行為が営業秘密の「不正取得」または「不正使用」にあたるか
    • B氏が、A社のシステム設計ノウハウをどのような方法で取得したか(例えば、許可なく持ち出したか、記憶に留めて利用したかなど)。
    • B氏がC社において、A社のノウハウをどのように使用したか。転職先での類似システムの開発において、A社のノウハウを利用したことが「不正使用」にあたるか。
  3. 競合企業C社の責任
    • C社が、B氏による情報持ち出し行為を知っていたか、または知らなかったことに重大な過失があったか。
    • C社が、B氏から提供された情報がA社の営業秘密であると知りながら、これを使用したか。

特に、「統合ノウハウ」のように、多数の要素からなる複雑な情報群の場合、どこまでを一つの情報として捉え、その全体に対して秘密管理措置が講じられているかが、秘密管理性の判断において重要なポイントとなります。また、個々の技術要素が既知であっても、その特定の組み合わせ方や応用方法が非公知かつ有用であれば、全体としての統合ノウハウが営業秘密と認められる可能性もあります。

関連法規の解説

本事例の争点に関連するのは、主に不正競争防止法第2条第6項に定められる「営業秘密」の定義と、同条第1項各号に定められる不正競争行為(特に、取得、使用、開示に関する行為)です。

不正競争防止法第2条第6項によれば、「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されています。この定義に含まれる「秘密として管理されている(秘密管理性)」「有用な(有用性)」「公然と知られていない(非公知性)」の3要件を全て満たす必要があります。

これらの要件を満たす情報について、不正取得、不正使用、不正開示といった行為が行われた場合に、不正競争防止法上の営業秘密侵害となります(同法第2条第1項第4号~第10号など)。本事例では、元従業員による「不正取得」や転職先企業での「不正使用」が問題となります。

裁判所の判断

このようなシステム設計の「統合ノウハウ」が営業秘密として認められるかについて、裁判所の判断は、具体的な情報の性質と企業が講じていた秘密管理措置の内容に大きく左右されます。

一般的な傾向として、裁判所は、個別の構成要素が既知であっても、それらを特定の目的に合わせて組み合わせ、機能させるための独自の設計思想、手順、設定情報などに有用性と非公知性を認め、全体としての「統合ノウハウ」が営業秘密に該当しうるという立場をとることがあります。特に、長年の経験や試行錯誤によって蓄積された、効率的・効果的なシステムの構築・運用方法に関する知見は、有用性が認められやすい傾向にあります。

しかし、最も厳格に判断されるのは「秘密管理性」の要件です。システム設計ノウハウは多岐にわたる情報から構成されるため、企業が情報全体に対して一貫した、客観的に認識可能な秘密管理措置を講じていたかが厳しく問われます。例えば、以下のような状況では、秘密管理性が否定される可能性があります。

本事例においては、裁判所は、A社がシステム設計ノウハウを構成する情報群全体、またはその重要な部分に対して、具体的なアクセス制限、秘密表示、秘密保持の周知徹底といった措置をどの程度講じていたかを詳細に審理し、秘密管理性の有無を判断すると考えられます。その上で、有用性と非公知性が認められれば、当該情報が営業秘密に該当すると認定される可能性があります。

もし営業秘密性が認められれば、B氏の持ち出し行為が「不正取得」にあたるか、C社での利用が「不正使用」にあたるかが検討され、侵害行為と因果関係のある損害の賠償等が命じられることになります。C社については、B氏の情報持ち出し・使用について悪意または重過失があったかが責任の有無を左右します。

事例からの示唆・学び

この事例から、私たちは以下の重要な示唆や学びを得ることができます。

  1. 「統合ノウハウ」も営業秘密として保護しうる: 単一の技術要素や情報だけでなく、複数の既知または未知の要素を組み合わせることによって生まれる独自のノウハウやシステム全体の設計情報も、適切に管理されていれば営業秘密として保護される可能性があります。競争力の源泉となっている情報の範囲を広く捉えることが重要です。
  2. 秘密管理性の重要性: システム設計ノウハウのように多岐にわたる情報の場合、秘密管理性の確保が特に困難かつ重要となります。単に一部の情報に制限をかけるだけでなく、情報全体に対する包括的かつ具体的な秘密管理体制(アクセス権限の設定、ドキュメントへの秘密表示、秘密保持に関する規程や教育、物理的な保管場所の管理など)を構築し、運用することが不可欠です。組織全体で「この情報は秘密である」という意識を共有することも重要です。
  3. 退職者対策の徹底: システム開発に関与した従業員が退職する際には、どのような情報が会社の営業秘密にあたるのかを明確に伝え、秘密保持義務に関する誓約書を改めて取得するなど、情報持ち出しや不正使用のリスクを低減するための対策を講じる必要があります。
  4. ドキュメンテーションと管理: システム設計情報は、文書化されていることが一般的です。しかし、その文書自体が適切に管理され、アクセス制限や秘密表示がなされていなければ、秘密管理性を欠くことになります。情報の性質に応じて、適切な管理レベルを設定し、実行することが求められます。

法学部や経営学部で学ぶ皆さんにとって、この事例は、抽象的な営業秘密の定義が、企業の具体的な事業活動や技術開発の現場でどのように適用されるのか、また、法律の要件を満たすために企業がどのような組織的・技術的な対策を講じる必要があるのかを理解する上で参考になるはずです。将来、企業で知的財産管理やシステム開発、経営戦略に関わる際に、自社の重要な情報資産をどのように保護すべきか考えるための具体的な示唆を与えてくれるでしょう。

まとめ

本記事では、システム設計における複数の技術やノウハウの組み合わせ、すなわち「統合ノウハウ」が営業秘密として保護されるかという問題について、関連事例を基に解説しました。このような情報は有用かつ非公知性を持ちうるものの、その営業秘密性が認められるか否かは、企業が当該情報に対して講じていた「秘密管理性」の度合いに大きく左右されることが明らかになりました。

複雑な情報資産を営業秘密として適切に保護するためには、単なる形式的な措置に留まらず、情報の性質に応じた具体的かつ一貫した秘密管理体制を構築し、関係者への周知徹底を図ることが極めて重要です。今回の事例解説が、読者の皆様が営業秘密保護の重要性を理解し、具体的な対策を考える一助となれば幸いです。