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【事例解説】退職者が持ち出したソフトウェアソースコードは営業秘密か? - 秘密管理性と不正使用の判断

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, ソースコード, 退職者, 秘密管理性, 不正使用

はじめに:ソフトウェアソースコードと営業秘密

ソフトウェア開発において、その中核となるソースコードは企業の技術力や競争力の源泉となる非常に重要な情報です。しかし、従業員の退職や転職に伴い、このソースコードが外部に持ち出され、競合他社で利用されるといったトラブルが後を絶ちません。

このようなケースで問題となるのが、持ち出されたソースコードが不正競争防止法によって保護される「営業秘密」に該当するかどうか、そしてその持ち出しや利用行為が「不正競争行為」(営業秘密侵害)にあたるかという点です。

本稿では、退職した従業員が会社のソフトウェアソースコードを持ち出し、転職先の競合企業で利用したという事例を想定し、特に「営業秘密」の要件のうち秘密管理性、そして「不正使用」がどのように判断されるのかについて、関連法規を解説しながら深く掘り下げていきます。

事案の経緯

あるソフトウェア開発会社A社は、長年にわたり独自の技術を用いて高機能な業務管理ソフトウェアを開発・販売していました。このソフトウェアのソースコードは、A社の競争優位性を支える最も重要な情報資産の一つでした。

A社の開発部門に所属していた従業員Xは、このソフトウェアの主要部分の開発に深く関わっていました。しかし、XはA社の待遇に不満を持ち、競合企業であるB社への転職を決意しました。退職に際し、XはA社の許可なく、自身が担当していたソフトウェアの最新版ソースコードの一部を個人的な外部ストレージにコピーして持ち出しました。

XはB社に入社後、A社のソフトウェアと類似する新しい業務管理ソフトウェアの開発プロジェクトに配属されました。Xは、持ち出したA社のソースコードを参考にしたり、一部を修正してB社のソフトウェアに組み込んだりして開発を進めましたとされます。

A社は、市場でB社が自社ソフトウェアと非常に似た機能を持つ製品を短期間で開発・販売したことに不審を抱き、調査の結果、元従業員XがA社のソースコードを持ち出し、B社で不正に利用している疑いが強まりました。これを受け、A社はXおよびB社に対し、営業秘密侵害を理由に差止請求や損害賠償請求を検討することとなりました。

法的な争点

この事例における主要な法的な争点は以下の通りです。

  1. 持ち出されたソースコードが不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するかどうか:

    • 「営業秘密」とされるためには、「秘密として管理されていること(秘密管理性)」「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)」「公然と知られていないこと(非公知性)」の三つの要件を満たす必要があります。この事例では、特にA社がソースコードを「秘密として管理」していたかが争点となります。
  2. XまたはB社の行為が「不正競争行為」(営業秘密侵害)に該当するかどうか:

    • 不正競争防止法第2条第1項第4号から第10号は、営業秘密侵害行為を定めています。Xによるソースコードの持ち出し行為や、B社でのソースコードの利用行為がこれらに該当するかが問われます。特に、持ち出したソースコードをそのまま利用した場合だけでなく、参考にしたり、一部を修正・改変して利用した場合も「不正使用」と評価されるかが争点となり得ます。
  3. B社(転職先企業)の責任:

    • 従業員Xが行った不正行為について、B社がどの程度責任を負うのかが問題となります。B社がXの不正持ち出し行為を知っていたか、または知らなかったことに過失があったかなどが重要な要素となります。

関連法規の解説

本事例に関連する不正競争防止法の主な条文について解説します。

裁判所の判断(一般的な傾向)

このような事例において、裁判所がどのような点を重視して判断を下すかの一般的な傾向を解説します。

  1. 「営業秘密」該当性、特に秘密管理性について:

    • ソフトウェアソースコードの場合、通常、有用性や非公知性は比較的認められやすい傾向にあります(ただし、誰でも知りうる汎用的なコードや、既に広く公開されているライブラリのみから構成される場合は別です)。
    • 最も厳しく scrutinize(精査)されるのは「秘密管理性」です。A社がソースコードを秘密として扱う意思を明確にし、それに沿った具体的な管理措置を講じていたかが詳細に調べられます。
      • 具体的な措置の例:
        • ソースコードリポジトリへのアクセス権限設定(開発担当者のみ、部署内のみなど)。
        • 外部メディアへのコピーや持ち出しの制限・監視。
        • ソースコードファイル自体や保管場所への「部外秘」「Confidential」といった秘密表示。
        • 従業員との間で秘密保持義務を定めた誓約書や契約。
        • 入退室管理やPCへのアクセスログ管理。
    • これらの措置が形式的に存在するかだけでなく、実質的に運用されていたか(例:誰でもアクセスできる状態になっていなかったか、秘密表示が徹底されていたか)が重要です。管理措置が不十分であると判断されると、たとえ重要な技術情報であっても営業秘密と認められない可能性があります。
  2. 「不正使用」の判断について:

    • 持ち出されたソースコードを、転職先企業の製品開発にどの程度利用したかが問われます。
    • 単に A 社のソフトウェアの「機能」を知って、B社で類似機能を独自に開発するだけでは、通常不正使用とは評価されません。問題となるのは、ソースコードの具体的なロジック、構造、記述方法そのものを利用した場合です。
    • 裁判所は、両社のソースコードを比較して類似性を検討したり、開発経緯に関する証拠(設計書、開発日誌、メールなど)を調べたりして、XやB社が持ち出されたソースコードを具体的に参照・利用したかを判断します。
    • 元のソースコードを完全にコピーしていなくても、その主要な部分を参考にしたり、改変して利用したりした場合も、不正使用と認められることがあります。
  3. B社の責任について:

    • B社がXの不正行為について「悪意」または「重過失」があったかが問われます。
    • 悪意とは、XがA社の営業秘密を不正に持ち出したことをB社が知っていたことです。
    • 重過失とは、B社が通常要求される注意を払っていれば、Xが不正な情報を使用していることに気づくべきだったにもかかわらず、気づかなかった場合などを指します。例えば、転職してきたXに対し、前職の情報を持ち込んでいないか確認を怠ったり、Xが短期間で極めて効率的に開発を進めている状況を不審に思わなかったりといった事情が考慮されることがあります。
    • B社が善意無過失(不正行為を知らず、知らなかったことに過失もない)と判断されれば、原則としてB社に対する差止請求や損害賠償請求は認められません。ただし、悪意や重過失がなくても、B社が営業秘密を実際に使用している場合は、差止請求が認められる場合があります(不正競争防止法第2条第1項第7号など)。

事例からの示唆・学び

この事例から、企業および個人が学ぶべき重要な点は以下の通りです。

まとめ

本稿では、退職者がソフトウェアソースコードを持ち出し、転職先の競合企業で利用した事例を基に、営業秘密の該当性、特に秘密管理性、および不正使用の判断について解説しました。

ソフトウェアソースコードは重要な営業秘密となり得ますが、そのためには企業による適切な秘密管理が不可欠です。また、情報の不正利用は、元の情報の利用の程度によって判断されます。退職者や転職を受け入れる企業は、営業秘密侵害のリスクを十分に認識し、適切な対応をとる必要があります。

この事例は、技術情報の保護という観点から、企業にとってはもちろん、将来社会に出る学生の皆さんにとっても、営業秘密の重要性と法的リスクを理解する上での貴重な教訓となるでしょう。