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【事例解説】営業秘密侵害で元従業員に刑事罰 - 不正競争防止法の刑事罰適用ケース

Tags: 営業秘密, 不正競争防止法, 刑事罰, 裁判事例, 元従業員

はじめに

企業の重要な財産である営業秘密は、不正競争防止法によって保護されています。営業秘密が侵害された場合、多くのケースで民事訴訟が提起され、差止請求や損害賠償請求が行われます。しかし、不正競争防止法は、一定の悪質な営業秘密侵害行為に対して、刑事罰も定めています。

本稿では、実際に不正競争防止法違反(営業秘密侵害)で元従業員に刑事罰が適用された事例を取り上げ、その事案の経緯、法的な争点、関連法規、裁判所の判断を解説します。この事例を通じて、営業秘密侵害が単なる民事上の問題にとどまらず、刑事罰の対象にもなり得ることを理解し、営業秘密保護の重要性について考えていきましょう。

事案の経緯

本事例は、ある製造業A社で発生しました。A社は、長年の研究開発によって独自の製造技術に関する技術情報を有しており、これを営業秘密として管理していました。この技術情報は、A社の製品開発において極めて重要な競争力の源泉となっていました。

被告人となったのは、かつてA社において当該技術情報の開発や管理に関わっていた元従業員Xです。Xは、A社を退職する際、A社の許可なく、USBメモリなどの記録媒体にこの技術情報を複製し、持ち出しました。

その後、Xは競合関係にあるB社に転職しました。そして、XはA社から不正に持ち出した技術情報をB社の業務のために使用した、または使用しようとしたとされています。A社は、Xの行為を知り、警察に相談しました。警察は捜査の結果、Xが不正競争防止法に違反する行為を行ったとして、Xを逮捕し、事件は刑事裁判へと進むことになりました。

法的な争点

刑事裁判における主な争点は、元従業員Xの行為が不正競争防止法第21条第1項に定める営業秘密侵害罪の構成要件を満たすか否かという点でした。具体的には以下の点が重要となりました。

  1. 対象となる情報が「営業秘密」に該当するか
    • 情報が秘密として管理されていたか(秘密管理性)
    • 情報が事業活動に有用か(有用性)
    • 情報が公然と知られていないか(非公知性) これらの営業秘密の三要件を満たすかどうかが、改めて確認されました。
  2. Xの行為が「不正取得」または「不正使用」に該当するか
    • A社から情報を持ち出した行為が、窃盗や詐欺などの不正な手段による取得(不正取得)にあたるか
    • 持ち出した情報をB社の業務のために利用した、または利用しようとした行為が、不正の利益を得る目的または事業者に損害を加える目的で行われた「不正使用」にあたるか 特に、刑事罰の対象となる不正使用は、民事上の不正使用よりも要件が限定されており、不正の利益を得る目的または事業者に損害を加える目的(営利加害目的)が必要です。XがA社から持ち出した技術情報を、個人的な利用ではなく、転職先のB社の業務のために利用した点、その利用がA社の競争力を低下させる意図を持っていたかが問われました。
  3. Xに「営利加害目的」があったか: 不正競争防止法第21条第1項の営業秘密侵害罪が成立するためには、不正取得、不正使用、不正開示などの行為が、「不正の利益を得る目的で、又は、その営業秘密を保有する事業者に損害を加える目的で行われた」ことが必要です。Xが競合他社でA社の技術情報を使用する行為が、この営利加害目的に該当するかが重要な争点となりました。

関連法規の解説

本事例に関連する主な法規は、不正競争防止法です。

不正競争防止法第2条第6項は、「営業秘密」を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」と定義しています。これが、秘密管理性、有用性、非公知性という三要件です。

そして、不正競争防止法第21条第1項は、営業秘密侵害行為に対する刑事罰について定めています。本事例で問題となった条文は、主に以下の行為類型です。

これらの条文に基づき、Xが技術情報を持ち出した行為が不正取得に該当し、転職先で使用した行為が営利加害目的による不正使用に該当するかが判断されます。刑事罰が適用される行為は、民事上の不正競争行為よりも限定的であり、特に「営利加害目的」の存在が重要となります。

裁判所の判断

裁判所は、提出された証拠に基づき、まずA社の技術情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当することを認めました。A社が技術情報へのアクセスを制限し、秘密である旨を明示するなど、適切な秘密管理措置を講じていたこと、その情報がA社の製品競争力に不可欠な独自の技術に関するものであり、有用性があること、そして一般には知られていない情報であることを認定しました。

次に、XがA社から許可なく技術情報を複製し、外部に持ち出した行為について、裁判所はこれを不正競争防止法第21条第1項第3号に定める「不正取得」に該当すると判断しました。

さらに、Xが転職先のB社において、持ち出した技術情報をA社との競合製品の開発や改良のために使用した、または使用しようとした行為について、裁判所は、これが不正競争防止法第21条第1項第5号に定める「不正使用」に該当すると判断しました。XがA社から持ち出した技術情報をB社の事業活動に利用したことは、B社の利益を図ると同時に、A社の事業活動に損害を与える目的があったと認められ、「営利加害目的」も認定されました。

これらの事実認定に基づき、裁判所は元従業員Xに対して、不正競争防止法違反の罪で有罪判決を言い渡しました。科される刑罰は、事案の悪質性、被害の程度、Xの反省の態度などを総合的に考慮して決定されます。本事例では、懲役刑または罰金刑が科されたものと考えられます。

事例からの示唆・学び

本事例は、営業秘密侵害が民事上の責任追及だけでなく、刑事罰の対象にもなり得ることを明確に示すものです。これにより、営業秘密を侵害する行為がいかに重い犯罪であり、その抑止力として刑事罰が機能することがわかります。

企業にとっては、この事例から以下の点を学ぶことができます。

大学生の皆さんにとっては、この事例は法律がどのようにビジネス上の不正行為を規制しているのか、具体的なイメージを持つ良い機会となります。将来、企業で働く上で、どのような情報が営業秘密にあたり得るのか、それをどのように取り扱い、保護すべきか、安易な情報持ち出しや利用がどのような結果を招き得るのかを知ることは、コンプライアンス遵守の観点からも極めて重要です。また、法学部生であれば、不正競争防止法の条文が実際の事案にどのように適用され、解釈されるのかを理解する参考になるでしょう。経営学部生であれば、企業の無形資産である営業秘密の保護が、いかに企業価値の維持・向上にとって重要であるかを再認識する機会となるはずです。

まとめ

本稿では、営業秘密侵害に対する不正競争防止法違反(刑事罰)の事例を解説しました。元従業員による技術情報の不正な持ち出しと使用が、裁判所によって不正競争防止法に違反する行為と認定され、刑事罰が科されました。

この事例は、営業秘密侵害行為が民事上の責任だけでなく、懲役や罰金といった刑事罰の対象にもなり得ることを示しています。企業にとっては、営業秘密の適切な管理と従業員への啓発が不可欠であり、不正行為に対しては毅然とした対応をとる必要があることを教えてくれます。また、個人にとっても、企業の営業秘密の重要性を理解し、不正な取得や使用、開示を行わないことの重要性を改めて認識する機会となるでしょう。

営業秘密の保護は、企業の競争力を維持する上で極めて重要な課題であり、同時に、従業員や関係者が遵守すべき基本的なルールでもあります。本事例の教訓を活かし、適切な情報管理とコンプライアンス意識を持って、日々の業務に取り組んでいただければ幸いです。